「うん、しかし良太に俺がくっついて行ったら海老原氏の機嫌を損ねるかもしれないし、俺は俺で行ってみるよ。他人のふりしててくれれば」
それを聞くと、良太はちょっとがっかりしたが、とりあえず秋山が来てくれることで何となく安心する。
「あの店、かなり高級なオーセンティックバーで、さっき言ってただろ? 入り口にごついアメリカ人のガードマンがいるらしい。ドレスコードもあるし」
「ドレスコードお? って、俺、何着てったらいいんです?」
そんなの聞いてないぞ、と良太は焦る。
「いや、ドレスコードっても、ジャージや短パンとかじゃなきゃいいってくらいだろ。ごく普通にスーツでOKだ」
良太は「下手なカッコしてったらあのCEOに思い切りバカにされそう」と渋い表情をする。
秋山は「今のスーツで充分だろ」と笑う。
「ま、ちょっと敵情視察と行くか。俺は良太より少し前に行ってみるよ」
「わかりました!」
秋山が帰ると、良太はオフィスを閉め、近所のコンビニで弁当を買って部屋に戻った。
なあなあと擦り寄ってくる猫たちにご飯を用意したり、その間にトイレの掃除をしたりとお世話を済ませると、弁当を食べてからシャワーを浴びた。
また風邪をぶり返したくないので薬も飲んだし、髪を念入りに乾かした。
「まだ一時間以上はあるし、酒ちょっとくらい飲んでお大丈夫だろ」
良太は適当に自己判断し、スーツを選んだ。
「あんまりブランドすぎるやつだと、却って俺七五三に見えそうだしな」
結局地味目なグレーのスーツにピンドットのエンジ色のタイに決めた。
その時携帯がワルキューレを奏でた。
「はい、お疲れ様です」
「店は見つかったか?」
工藤は忙しなく聞いてくる。
「はい、これから行ってみることになっていて」
「どこだ?」
「『Gatto』って、麻布十番にあるバーなんですが」
「『Gatto』?」
声から不機嫌だとわかる。
「あ、今日、オーナーに会ってドラマの説明をしたところ、一度も行ったことがないのなら今夜行こうと言われまして」
「海老原にか?」
工藤は海老原を知っているらしい。
「はい、ほんとは店に行ってからオーナーに会うべきだったんですが、アポを入れたら、今日を逃すとなかなか会えないと言われまして」
しばし間があった。
「海老原には気をつけろ」
「あ、はあ」
携帯はすぐに切れた。
「気をつけろって何だよ、何かあるんならはっきり言えばいいじゃん。」
良太は工藤の言い方が腑に落ちなかった。
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