何やら含みのありそうな千雪の電話を忌々し気に切ると、工藤は頭をしゃっきりさせるために再びシャワーを浴び、身支度を済ませてオフィスに降りた。
「お帰りなさい。さっき隅田さんがお荷物届けてくださいましたよ」
ドアを開けると鈴木さんが明るい声で出迎えた。
「あとで持って上がりますから、邪魔にならないところに置いといてください」
「はい。コーヒー淹れましょうね」
いそいそとキッチンに向かう鈴木さんも主の帰還を歓迎しているのだが、残念ながら工藤という男は、愛想を言うような気づかいは持ち合わせていない。
まあ、この会社に長くいるものなら、工藤がこんな男だとはよくわかっているので、余計な期待はしない。
久々自分のデスクでいくつか電話を掛けながら、パソコンで現在の社員やタレントの状況を把握する。
「ここのところ皆さんお忙しくて、こないだアスカさんと秋山さんがロケが終わったからと寄ってくださいましたけど、ほとんど他の皆さんの顔を見てませんわ」
鈴木さんはコーヒーを工藤のデスクに置くと、「お昼、どうなさいます? 何かお取りしましょうか?」と聞いた。
いらない、と言いかけた工藤だが、思い直して、「弁当でも取りますか、鈴木さんも一緒にどうぞ」と答えた。
「あら、そうですか? じゃあ、松花堂弁当なんかいかがです?」
「いいですね、お願いします」
鈴木さんはオフィスで唯一、工藤の言葉が丁寧になる相手だ。
楚々とした雰囲気にもかかわらず、何が起きても動じないところはどっしり肝が据わっている。
「こちらで召し上がります?」
出前が届くと、鈴木さんが窓際のテーブルの上に弁当を置いた。
本当は食べながらでも電話をするつもりだったのだが、この際鈴木さんに従うことにした。
「長く留守にしてすみません。何か変わったことはありませんでしたか?」
工藤に聞かれて鈴木さんはちょっと小首を傾げた。
「そうですわね、とりたてては………、あ、そうそう、妙なことが一度ありましたのよ」
「妙なこと?」
工藤は箸を置いてお茶を手にした。
「それが、小学生の低学年くらいの坊やが急に入ってきたので、迷子にでもなったのかしらと思ったら、良太ちゃんに、おばあさんに預かってきたって、袋を渡してすぐ出て行ったんです」
工藤は、ああ、とすぐに多佳子のことだと察した。
ったく、あのクソババア!
「そしたら携帯電話が入っていて、いきなりその電話が鳴るもんですから、びっくりして」
鈴木さんは目を丸くして説明を続ける。
「何か、お知り合いの方だったみたいで、良太ちゃん真剣な顔で何か話してましたけど」
「今度、そう言った妙なことがあって対処に困ったら、連絡してください」
「はい、そうします」
神妙な顔で鈴木さんが頷いた。
全く、鈴木さんまで混乱させやがって。
と、その時工藤のポケットで携帯が鳴った。
「ああ、何だ」
良太の声に工藤は少しばかりホッとしている自分に気づく。
「えっと、俺、午後空いたのでオフィスに戻ろうと思ったんですが、例の書道家の三宅先生からちょうど連絡があって、今日なら時間が取れるというんで、行ってきます」
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