春立つ風に209

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「すみません、急遽、必要なシーンがあって。あ、うちの森村です。よろしくお願いします。ここのオーナーの海老原さん」
 ちゃんと野口さんには申請してあるし、わからないはずがないのにあえて文句を口にする海老原に、良太は森村を紹介した。
「よろしくお願いします」
「へえ、新人俳優?」
「いえ、良太さんの下で見習いです」
 フンと見下したような顔で、海老原は、何か作ってくれ、とカウンターの隅にいる楢木に言った。
「良太さん、あの人嫌いなんだ?」
 海老原から離れると、森村がこそっと言った。
「それ、美亜さんの前で言うなよ。彼女のお兄さんだから」
 良太もコソっと返す。
「そうなんですか?」
 その時、何気なくまた入り口に目をやった良太はドアが開くのを見た。
「え、工藤……」
 珍しく顔を出した工藤に、良太はちょっと驚いた。
「おおっ、仏頂面を拝むのも久しぶりじゃねぇか」
 坂口がすぐ気づいてニヤッと笑う。
 スタッフらが明らかにビビりまくった顔で「お疲れ様です」などと声を掛ける中、工藤はその仏頂面のままカウンターへと歩み寄る。
「やっとお会いできましたね、工藤さん」
 敵対感ありありの目で海老原が言った。
「今回はご協力感謝します、海老原さん」
 だが工藤は海老原の敵視を軽く躱し、「楢木さんにも色々ご迷惑をお掛けしたようで」とカウンターの中にいた年配のバーテンダーには敬意をもって向かう。
「お久しぶりです。相変わらずお忙しそうですね」
「何、知り会い?」
 楢木の言葉に、海老原が口を挟む。
「はい、前のオーナーの時に、何度かいらしていただきました」
「へえ」
 海老原は軽く返したが、「MBC時代?」と切り返す。
「会社の業績も右肩上がりで、グローバルにご活躍と聞き及んでいます」
 工藤はするりと話題を変える。
「お陰様で、と言った方がいいんですかね? まあ所詮、親の土俵で相撲を取っているだけだとか言われますけどね」
「口さがないじいさん連中が言うことなんか気にする必要はありませんよ」
 工藤と海老原が何やら険悪ムードで睨み合い、丁々発止状態ではと危惧した良太が足早にやってきた。
「お疲れ様です」
 森村も工藤に気づいて後を追ってきた。
「撮影は順調か?」
 工藤は良太に尋ねた。
「はい。今回、坂口さんが、殺害現場を居酒屋にするくらいなら、このバーにしたいってことで、急遽またランドエージェントさんにお願いしたんです」
「工藤さん、お久しぶりです」
 そこへやってきたのは宇都宮だった。
「京都の撮影は終わったんですか?」
「ええ、何とか。宇都宮さんもまた坂口さんのゴリ押しで、引き受けざるを得なかったようですね」
「いえいえ、坂口さんの話は結構面白いし、スタッフも前と同じチームなのでやりやすいですよ」
 良太の心配をよそに、いつの間にか宇都宮と工藤との平和そうな会話に移行している。

 


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