春立つ風に216

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「良太さん、ランチ、どうしますか?」
 キッチンから出てきた森村が聞いた。
 良太はハッとして受話器を戻し、「あ、ああ、弁当、買ってこよう」と答えたが、頭が真っ白で、思考能力が停止状態だ。
「あの、鈴木さん、今朝、工藤さん、どこに行くとか聞いてませんか?」
 森村のあとからキッチンを出た鈴木さんに聞くと、彼女は首を傾げた。
「さあ、今朝は私が来てから工藤さんお見掛けしてませんね」
 鈴木さんの答えを待つうちも、少し動き出した頭の中で、良太は、何だろう、何だろう、とただ繰り返した。
 病院? 横浜? 聞きに来いって、個人情報って………。
 工藤、何……か、病気………?
 森村が、マルネコ弁当買ってきます、と言って出て行った時も、良太は曖昧な返事をしただけだ。
 ネットでググってみると、横浜厚生病院というのは、割と大きな総合病院のようだ。
 石川という名前でさらに検索してみると、外科部長の名前が石川となっている。
 この人だろうか。
 知り合いのような口調だった。
 だからわざわざ横浜の病院に?
「良太ちゃん、食欲ないみたいね。お熱、ある?」
 鈴木さんの声に食事中だったと、良太は我に返った。
「あ、いや、熱はないと思うけど………」
 それ以上食べる気になれなくて、良太は箸を置いた。
 良太の好きなハンバーグ弁当だが半分も残している。
「もう今日は上がったら?」
「え、いや、それは、大丈夫です」
 風邪気味なのは確かだが、問題はそこではなかった。
「良太さん、何でも俺に言ってください。代わりにやれることならやりますよ?」
 森村も心配そうに言った。
「ありがとう。もしひどくなったらそうさせてもらうよ。でも、大丈夫」
 良太は二人に申し訳なく思いながら、お茶を飲んだ。
 工藤が帰ってきたのは、一時を少し過ぎた頃だった。
 一旦オフィスに入ってきたが、「しばらく上にいる」と言ってまた出ていこうとした工藤を、良太は追った。
 エレベーターの前で立っていた工藤に、「さっき、横浜厚生病院の石川さんて方からお電話がありました」と良太は告げた。
「電話をしてから、来るようにということでした」
 工藤は良太を見て、「わかった」と言った。
「何? ……どこか悪いとか?」
 良太は聞かずにいられなかった。
「俺のことだ。お前は自分の仕事をやっていればいい」
 良太の予想した答えを口にして、工藤はドアが開いたエレベーターに乗り込んだ。
「何だよ! 人が心配してんのに!」
 思わず良太は吐き出すように言ったが、すぐにエレベーターのドアが閉まった。
「クソ! 勝手に野垂れ死ねよ! バカ工藤!」
 悔しくて目頭が熱くなり、良太はオフィスに戻るとトイレに飛び込んだ。

 


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