隣のドアが開く音がしたのは十一時を過ぎた頃だった。
風呂につかってから缶ビールを飲み、炬燵にもぐりこんでテレビを見ながら猫たちを膝に乗せて転寝していた良太は、はっと顔を上げた。
「帰ったのかな」
仕事には関わらないとしても、今どういう状況なのかは知っておきたい。
だがドアをノックするにせよ、携帯に電話するにせよ、出かける時の疲れた様子を思い出すと、今夜くらいはちゃんと寝た方がいいだろうと、良太は携帯を炬燵の上に置いた。
ところが、ややあって、携帯が鳴った。
工藤用のワルキューレだ。
「はい、お疲れ様です」
「さっきのタレントを使うのはいいが、店の方は問題なく海老原は承知してるんだな?」
いつものごとく前置きはない。
「はい、それは大丈夫です。あと、ドキュメンタリーの佐々木先生の件快諾頂けましたので」
「宇都宮のドラマ、キャスティングは?」
「一応ピックアップして、打診はしてありますが」
「リスト、持ってこい」
「え、はい、わかりました」
今からかよ、とは思いつつ、既にデスクに向ってノートパソコンを立ち上げている。
プリントアウトすると、それを持って良太は隣のドアをノックした。
「開いてる」
良太が中に入ると、工藤は上着とネクタイを取り、寛いだようすでソファに座って、おそらく今回のCMプロジェクトの資料だろう、難しい顔で読んでいた。
テーブルにはバカルディのボトルとグラスが置いてある。
「キャスティングのリストとロケ地の候補リストです」
工藤は持っていた資料をテーブルに置き、良太が差し出したリストを受け取って眺めた。
「川野さくらと南雲奏、それに奥寺達臣、使えるのか?」
川野さくらは芸歴は長いが、最近になって才色兼備の優しい女性役でぐんと注目を浴びているが、本人は色々とこだわりがあると言われている。
南雲は癖のあるベテラン俳優だが、いろんな役に対応できるバイプレーヤーとして重宝され、昨年もワンクール中かけもちで二つのドラマに主要な役で出演していた。
奥寺達臣はベテランの大物俳優で、なかなか難しい男だという噂だ。
今回、小笠原が刑事として所属する警視庁捜査一課和泉班班長、和泉警部を川野に、南雲奏はバー『Cat』のオーナー兼バーテンダーで、元刑事の芝、奥寺は宇都宮演ずる医師椎名と小笠原演ずる小椋刑事が追う組織のラスボスという設定だ。
「はあ、一応打診したところでは大丈夫そうなんですが、ダメな場合は次候補にあたります」
来年以降って言ってたくせに秋放映で、今キャスティングってこと自体が無茶な話なのだ。
そこを坂口は平気で無茶ぶりしてくるわけだ。
実際、今まで良太が顔を合わせたことがなければ奥寺を担ぎ出すとかまず不可能だろう。
川野も南雲もそれは同じだ。
「まあ、やってみろ」
工藤はグラスにラム酒を注いで良太の前に置く。
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