春立つ風に66

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「じゃ、良太ちゃん、またあの人に絡まれそうになったら、いつでも言って?」
「ハハ、ありがとうございます」
 宇都宮を乗せたタクシーが走り去ると、良太は警備員に挨拶をして足早にエレベーターに向かう。
 ラインが入ったのは、良太が猫たちにスリスリされながらご飯を用意している頃だった。
 カリカリとウエットフードを少し載せた器を二つの猫の前に置くと、すぐさまハグハグと勢いよく食べ始める。
 その様子をみれば尖らせていた神経も和むというモノだ。
「あれ、宇都宮さんだ」
 携帯のラインを開くと、タクシーの中で送ったらしい宇都宮のメッセージを読んだ。
「やはりちょっと気になって。あんまり人の悪口は書きたくないんだが、海老原さん、男女関係なく、気に入ると割と強引に誘うらしい。で、やるだけやってすぐ飽きるとかって、泣かされたモデルさん何人かいるって。モデルの子たちから聞いたんだけどね」
 それはもう、良太自身最初から目の当たりにしている。
 公衆の面前で、いくら英語だからって、いや、ほとんどあの人気にしてないみたいだし。
「それで、今日はお節介やいたんだが」
「いえ、ホント、助かりました。あの手の色気イケメンって俺、ホント苦手で」
 良太はそう返して、礼を言った。
「とにかく気を付けた方がいい。タチ悪そう」
「はい、肝に銘じます」
 メッセージを送ってから、良太は宇都宮のお節介がしみじみ有難かった。
 
 
 

 北海道にいる藤堂から、「稚内は超寒いけど、よく晴れていて、逆に清々しいよ」と三人の画像つきで、朝から何となく疲労困憊気味の良太がデスクに辿り着くと同時にラインが入った。
 昨夜、藤堂、佐々木、そして沢村の一行は東洋グループCMの北海道へロケに発った。
 互いによくわかっている面々なので、良太はもうお任せ状態だ。
 何せ、今日の午後には秋頃放映予定のMBC記念番組、推理作家小林千雪原作のドラマ「今ひとたびの」の顔合わせだ。
 人気女優竹野紗英をゲスト主役に迎えるとあって、スタッフも盤石な体制で気合が入っている。
 夜にはまた『ギャッツ』での撮影が待っているし、明日はパワスポの打ち合わせだ。
 もっと過密なスケジュールもあったわけで、普通ならこの程度で疲労困憊はないはずなのだが、仕事そのものよりも海老原への対応に、良太は疲弊していた。
「くっそ、夢にまで出てくるし」
 ボソリと呟いた良太の言葉を聞きつけて、「あら、どんな夢を見たの?」と鈴木さんが笑う。
「いや、ちょっと、仕事で会った怖いオッサンが……」
「まあ、良太ちゃん、ちょっと考えすぎちゃったんじゃない? だから夢にまで出てきちゃうのよ」
「ハハハ………」
 本当のことを鈴木さんに言うわけにはいかないし、ここは笑ってごまかすしかない状況だ。

 


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