春立つ風に69

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「昼前に戻って来てから出かけてないと思うんだけど」
 ディックは実は日本語も堪能なのだが、親しくなった人以外は、英語を使うのだという。
 以前、日本人に声を掛けられて対応していたら、しつこい営業マンだったということがあって以来、英語を使うようにしている。
「ああ、ひょっとして、居留守でバックレようとしているのかも」
 良太はボソボソと呟いた。
 仕方ない、と、携帯で呼び出したのは京助だ。
「何だ?」
 こちらもえらく不機嫌そうな声だ。
「すみません、千雪さん、テレビ局に連れて行かなくちゃなんですが、ディックに呼んでもらっても出ないんです」
「ったく、あいつ、さっき帰ったはずだから、ディックに入れてもらえ」
 以前コンシェルジュをやっていたジョージは、ディックの先輩にあたり、大学院を卒業して今は東洋商事ニューヨーク支社にいる。
 良太は携帯をディックに渡した。
「あ、京助、うん、わかった」
 ディックは携帯を良太に返すと、ドアを開けてくれた。
 エントランスルームには郵便受けがあり、名前だけかかれているが、部屋番号は書いていない。
 セキュリティ対策の一環で、住所にも何号室はない。
 宅配便コーナーも同じだ。
 ドアは二重になっているので、宅配業者や新聞、郵便はここまで入れるようになっているが、中に入るにはもう一つドアがある。
 ディックは両方開けてくれたので、良太はエレベーターに乗ると、千雪の部屋の階を押した。
 一度チャイムを鳴らしたが、うんともすんとも言わない。
 二度、三度と鳴らすと、ようやくドアが開く音がして、千雪が顔を見せた。
「うるさいやっちゃな、何度も鳴らしよって」
「出てこないからですよ、ほら、行きますよ。時間が来ちゃうじゃないですか」
 すると眉に皴を寄せて千雪は奥へ引っ込んでいく。
「いくら何でもジャージはバツですからね」
 千雪の代わりにハスキーのシルビーがとことこやって来て尻尾を振っている。
「お、シルビー、久しぶり!」
 何故だかわからないのだが、良太は犬にも結構好かれるらしい。
 イタリアの加絵のところにいた犬も尻尾を振って近づいてきたし、以前小笠原が出たCMに一緒出ていたワイマラナーがあまり人慣れしないらしく、リテイクを続けていたが、良太が顔を見せるとスッと寄って来て、撫でてやると、次は撮影がうまくいったりしたのだ。
 このシルビーも例外ではない。
 去年のスキー合宿にも千雪が連れてきていたが、良太を見ると駆け寄ってきた。
「良太、猫派や思うとったけど、犬派でもあるんやな。いや、ひょっとして、動物全体に好かれるタイプ?」
 それでもスーツに着替えてきた千雪がそんなことを言った。
「知りませんよ、犬か猫しか」
「山の中に一人で行かん方がええかもな?」
「何ですか、それ」


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