工藤は大手化粧品会社『美聖堂』の社長、斎藤と赤坂のクラブでグラスを傾けていた。
女優をしている孫を、映画に使ってほしいとゴルフ仲間に頼み込まれ、二村桃子を工藤に紹介した斎藤は、二村が今回やらかした事件だけでなく、過去にも問題を起こし、事務所がそれをもみ消した事実もあったのだと知らされて、工藤に再三詫びを入れさせてほしいと連絡をよこしていた。
今夜ロケの前なら時間があると工藤が告げると、斎藤は行きつけのクラブに工藤を呼び出した。
まあ何のことはない、飲みたいだけなのだが。
「ひとみちゃんは、今夜一緒じゃないのか?」
「いつもいつもひとみの顔を拝んでいたら酒もまずくなりますよ。それにひとみも同じくでしょう」
「フン、それだけ長い付き合いだってことだ。まあ、そういう人は大事にすることだよ。結婚って形じゃなくてもね」
物分かりのよさそうなことを言って、斎藤は好きなコニャックをなめる。
「この度は二村のことでは本当に申し訳なかった」
「頭下げるとかやめてくださいよ、この業界こんなことはいくらもあるってご存じでしょう」
工藤は斎藤の薄くなりかけた頭をみながら続けた。
「まあ、それにしてもあそこまでタチの悪いのは珍しいですけどね」
「やっぱり根に持ってるじゃないか」
斎藤は眉を八の字にして言った。
「斎藤さんのせいじゃないですし」
「いや、それにしても、良太くん、なかなか骨のある業界マンに育ったじゃないか。誰に対してもブレないってのは、君譲りってところだね」
良太のことを褒められるのは工藤としても悪い気はしない。
「いやまあ、誰に対してもってところが、アダになることも無きにしも非ずですがね」
まったく、怖いもの知らずにもほどがある。
ホンモノを前にしても動じないのはわかっていたが。
以前、ホテルで、その手の団体に工藤がいちゃもんをつけられたことがあったが、その時も良太が自分の前に出て突っかかっていったのを工藤は思い出した。
いや、何より、あのバカは腕っぷしもないヒョロヒョロのくせに、威勢だけで俺の代わりに刺されるとか、バカとしか言いようがないだろう!
何度病院へ良太を迎えに行ったことか、思い出せばきりがない。
俺の代わりとか、沢村に手を出させないためとか、正義感を振りかざすのはいいが、幼稚園児が何とかマンのマネするのとはわけが違うのだ。
「でも彼は優しいね。どうもギリギリまで、二村が改心するのを待ってくれたみたいだよ」
「はあ」
その優しさが時として己を危うくさせることがあるってのが、今度こそ身に染みただろう。
工藤は良太のことを考えると腹が立ってくる。
良太に対してではない。
良太の優しさに付け込むやつらに対してだ。
「しかし、限界と思うと、決断が早いね、良太くんは。私のところに来た時はもう既に代役を決めてたようだし。そこはきっちりしていて、ほんと君の懐刀だよ」
「いざという時に決断しなくてはならないとはしっかり肝に銘じてくれないと」
「いや、きっちりしているよ。今度ぜひ、良太くんも一緒に食事でも。あまり酒は強そうじゃないみたいだし」
「はあ、ありがとうございます」
斎藤に気に入られたのは、まあ、よしとするか。
この人は、なあなあなことをしそうにみえて、実は厳しいからな。
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