月鏡35

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 その時ポケットで携帯が振動した。
 良太は撮影から離れたところで電話に出た。
「はい、お疲れ様です。ええ、少しなら」
 相手は宇都宮だった。
 前々から内内で盛り上がっていた鍋の日取りを決めたいと言ってきたのだ。
「はあ、そうですね、十二月に入ると予定入れにくいので、来週の水曜か金曜なら何とか」
「OK、じゃあ、良太ちゃんに合わせてみんなにスケジュール決めてもらう」
「え、それって……」
 俺に合わせるって違うだろう、と言おうとした時には、じゃあまた、で切れてしまった。
 実は宇都宮に打診しておけと、工藤から前々から言いつかっていることがある。
 夏に、新人俳優のドタキャンで撮影に穴が空いた、つまりスケジュールが空いた工藤が、軽井沢へ行くぞ、と急に思い立ったように車を飛ばした棚ぼたな休暇。
 しかし転んでもただ起きない工藤は、ちゃっかりちょうど綾小路邸のパーティに呼ばれたおり、東洋グループ次期CEO綾小路紫紀と話していたのが来年以降放映予定になるドラマのことだ。
 医療ものと刑事ものの合体という、どちらもすぐに視聴者を呼べそうなカテゴリーに加え、アクションなんかも加味した娯楽に徹したドラマで、脚本家の坂口がノリに乗っているらしい。
 そのキャスティングは外科医に宇都宮、刑事に青山プロダクション所属俳優の小笠原という組み合わせで、どちらも人気俳優がバディを組むという内容に、初めから高視聴率間違いなしと、坂口などは豪語しているらしい。
 が、キャスティングはまだあくまでも坂口の中での話らしく、先日、良太ちゃん、宇都宮と最近仲いいんだって? さり気に打診しといてよ、なんぞと電話で軽く言ってくれた。
 工藤にそれを告げると、「確か、鍋をやるとか言ってたな」とこちらも当てこすりのようにのたまった。
 勝手なこと言って、俺が頼んだところで、宇都宮さんのスケジュールの都合が悪ければ無理なんだからな。
 ってことになると、結局また俺が宇都宮さん級の主演格俳優を探さなきゃってことになるじゃん。
 ったく、これだからオヤジどもは!
 小笠原には既に了解を得ていて、やる気満々だからいいとして。
 また、妙なキャスティングを掲げて、俺に丸投げしてこなきゃいいけど、坂口さん。
 実際ドラマ自体は、東洋グループのスポンサーが決まったところで、局側もゴーサインを出しているので、ほぼ決まりだろう。
 小説家の大須賀健の原作で、坂口が脚本を書いたドラマ「田園」も、蓋を開けてみれば女子高生と四十代の男の恋愛ドラマというちょっとばかりセンセーショナルなところも手伝って、しかも主演が宇都宮ということで、視聴率は二けたいっているし、ネットの反響も上々だ。
 局側はそれに気をよくして、坂口、工藤のコンビのドラマならとりあえずオオコケはないだろうというわけだ。
 そんなことを考えている間にも、視界に辻と加藤の二人がちらついた。
 何だか、落ち着かない。
 こんなSPとか、必要か?
 あの魔女オバサン、波多野がお灸据えるって言ってたし、京都だし、また俺がどうにかなるとか、考え過ぎだろう。

 


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