さり気に見まわすと、昨年、沢村の父親の意向で会社の顧問弁護士の息のかかった調査員が沢村を法を逸脱した素行調査をしているという、良太にしてみれば未だもって消化不良な出来事があった時、データの中にあった沢村の兄らしき人物が、着物姿の夫人とともにリビングの隅にいるのを認めた。
主要財界人の一人である沢村の兄が、同じく日本企業の重鎮である綾小路と知人としての交流があっても不思議ではない。
だが、良太の知る限り、沢村は実家と、実家の父親や兄とは折り合いが悪く、ほぼ絶縁状態に近い。
だからまさかこんなところで顔を合わせるとは思っていなかった沢村としては苛立ちを隠せない。
驚いたのは兄の方も同じだったらしく、面白くなさそうな表情をしている。
「どないした?」
千雪が何やら不穏な空気を嗅ぎ取って尋ねた。
「いや実は……」
沢村が折り合いの悪い兄夫婦とこんなところで鉢合わせしたくないことや、特に小芝居までうって、わざわざアスカとの意味深なネタを提供した苦労なども加味すると、佐々木と沢村が付き合っていることは絶対にバレてはいけないのだと、良太はざっと千雪に説明した。
「ああ、双方の弁護士合戦になったんやったっけ」
「まあ、俺はそれより、佐々木さんに迷惑をかけたくないと思うし」
着物に袴姿の佐々木が母親の淑子とともに小夜子と話をしている。
「いいか、ぜっっったい、今日は佐々木さんと親しそうにするなよ。他人のふりでいろ」
良太は沢村に言い聞かせた。
ちょうどその時、佐々木に声をかける池山直子が目に入った。
佐々木のアシスタントで、淑子がお茶を指南している。
「直ちゃんが来たから、直ちゃんに伝言してもらおう」
こっちを向かないかとじっと見つめていると、やっと直子がこちらを向き、良太に気がついたらしく、ひらひらと手を振った。
良太は小さく手招きした。
すると直子はそそくさと良太、沢村、工藤、そして千雪が手持無沙汰でいるところへとやってきた。
「どしたの?」
直子はみんなにおめでとうございますと挨拶してから、あらためて良太を見上げた。
「実は………」
良太は少しかがむと、直子にこそっと耳打ちした。
「ええ?!」
聞いた途端、直子はあたりを見回した。
「わ、ほんとだ!」
どうやらしっかり沢村の兄の情報は、直子の頭にもインプットされているらしい。
「わかった。佐々木ちゃんにそれとなく言ってみる」
佐々木のところに戻っていく直子の後ろ姿を見ながら、千雪が、「ほな、京助経由で紫紀さんにもそれとなく伝えとくわ」という。
「え、それは助かります。お願いします」
千雪は頷いて、小夜子の方へと歩いて行く。
「お、黒崎一護が来た」
沢村が唐突にそう言ってニヤッと笑う。
「はあ?」
良太が振り返ると、黒岩研二が立っていた。
日比谷の芝ビルに入っている和菓子処『やさか』のオーナーで、おそらく今回の初釜に使われる菓子も彼の作だろう。
千雪の同級生で、小夜子とも長い付き合いらしい。
「あけましておめでとうございます」
着物に袴姿が板についている雰囲気の研二は、落ち着いた声で皆に挨拶し、大和屋のイベントでも顔を合わせた沢村と顔を見合わせて頷いた。
「俺も着物にすりゃよかったかな」
「茶の湯でも極めてからにしろ」
ふざけたことを口にする沢村に、良太はしっかり釘を刺す。
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