亭主の小夜子が正客である淑子に銚子と引き盃を渡し、盃が最初のグループ内に順に渡ったところで、酒を注いでいく。
次のグループからは、直子と洋子も亭主側の手伝いとして同じように銚子と引き盃を持って回った。
全員に行き渡ると、直子と洋子も末席の自分の席に着き、それを見計らったところで正客の頂きましょうの言葉で、皆が箸を手に取った。
「なあ」
隣の沢村がこそっと良太に耳打ちする。
「まさか、ランチってこれだけ?」
途端、あっという間に空になった沢村の膳を見て良太は吹き出しそうになった。
沢村のようなただでさえガタイの大きな男にとって、この茶懐石膳は粗食としか思えないだろう。
ましてや沢村はプロスポーツの選手であり日々トレーニングに費やす毎日で、食事の量も普通の人々とは違う。
その沢村にとってはこの食事の量では到底足りないだろうことは、良太にとっても足りなさそうだからよくわかる。
「前回、終わってから食事した」
今度は良太がこそっと言った。
「だよな」
また沢村がぼそっと呟く。
良太がその横をチラッと見ると、一糸乱れぬ所作で研二がきれいに食事を終えている。
研二さんもガタイはいいのに、なんつうか、精神力が違うっつうか。
佐々木を見ると同じように食事を終えたところのようだ。
懐石膳が終わったところで、主菓子をいただく。
菓子の入った重箱が運ばれ、それぞれ最初の客の前に置かれた。
最下段から順に菓子を取って次客へと回す。
懐紙の上に置かれたのは、牛蒡と一緒に巻かれた淡い桃色の花びら餅だ。
もちろん『やさか』の菓子だ。
「うま………」
良太はつい小声でボソリともらす。
味噌あんの絶妙な甘さがたまらない。
一つと言わず、二つ三つ食べたいところだ。
ここで一旦退室し、あらためて席入りとなり、濃茶点前が始まる。
金銀の島台の重ね茶碗を扱う小夜子のお点前も優雅できれいな動きである。
正客の淑子がお茶を飲むと、銀の茶碗で点てられたお茶は次客のクレマン氏に渡される。
その後、一人一人に水屋で点てられたお茶が運ばれた。
やがて茶事が終了すると、招待客はリビングに移動し、寛いで歓談となった。
「クソ、何とか最後までもちこたえたぜ」
沢村がまたコソリと良太に言った。
「俺も。よくみんな平気な顔してるよな。あんな修行みたいな行事、毎年」
良太はそれこそ修行が足りないと誰かさんに言われそうなことを沢村に返す。
「智ちゃん、足痺れてるでしょ」
後ろから声がかかり、沢村は振り返る。
声の主は沢村の従姉だという、大河内由樹だ。
着物を隙なく着こなしているが、背が高く、はっきりした表情の女性だ。
「由樹さん。いきなりいるから驚くだろ」
「こっちこそ。まさか、お茶事に智ちゃんが出るなんて青天の霹靂」
「いや、色々、わけが………」
「あら、いいことじゃない。聞いたわよ、叔母さまから」
すると沢村は眉を顰める。
「母さんから? 何を聞いたんだよ」
「だから、色々。それより紹介してよ。お友達?」
良太は由樹を見た。
「申し遅れました、私、青山プロダクションの者で広瀬良太と申します」
慌てて名刺を取り出した良太の横で、「俺のリトルリーグからのマブダチ、CMとか仕事でも今世話になってる」と沢村が簡潔に紹介した。
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