バタバタと動いていたので寒さもどこぞへ消えて汗だくになった良太は、七時まで十五分となったところでバスルームに飛び込んでシャワーを浴びた。
五分で出てくるとざっと髪にドライヤーを当て、セーターを被ってジーンズを履く。
時間がなくて手近にあったダッフルコートを羽織り、スニーカーに足を突っ込もうとして靴下を履いていないのに気づき、慌ててチェストから靴下を取り出して履く。
「ちょと出てくるから、おりこうにしてな」
スリスリしてくるナータンを撫でてやる頃には時刻はもう七時になろうとしていた。
「いけね」
チビ猫も一撫でしてから、良太は慌てて部屋を飛び出した。
会社の近くなら工藤は大抵小料理屋の『夕顔』に足を運ぶ。
良太も最近はほんのたまに一人で行ったりするようになったが、工藤がずっと帰らなくて逢えない時など夕食を取るくらいだ。
女将は名前を覚えてくれているが、一人では何となく手持無沙汰な感じで、いつも早めに店を出た。
工藤と良太が顔を出すと、笑顔で迎えてくれた女将は二人を定位置に案内した。
「そうだ、『今ひとたびの』原作何回か読んでみて、メインになる女性記者、紗英さんどうかと思って」
吟醸酒をやりながらゆず大根をつついていた工藤は、「竹野か?」と聞き返した。
「ええ、前に竹野さん、あのシリーズに出てみたいって言ってたし」
良太はこの店では必ず食べる肉じゃがをぱくついていた。
「竹野には打診したのか?」
良太のぐい飲みに徳利から酒を注ぎながら、工藤が聞いた。
「ええ、本人には。スケジュールなら何とかなるから是非って言うので、明日にでも事務所に連絡してみるつもりですけど、紗英さんクラスをゲストに持ってくるってのが」
竹野紗英はいろいろと厄介な噂の絶えない俳優とはいえ、今や主役クラスで彼女が出るドラマは常に数字も取っている。
果たして事務所が何というか、というところだ。
本人は出たがっているとしても、何よりギャラが問題だろう。
「竹野がGOサイン出たら、スポンサーに特別企画で話を持って行け」
「はい、そうします」
それに、竹野がもしOKだとしても、『田園』の時のようにまた共演NGとかの問題があるかもしれない。
『田園』はドラマとしてもいいものになったし、視聴率も取れて、尚且つ竹野もあれでまた株が上がったようだから、もっと先になるとさらにオファーしづらいことになりそうだ。
「彼女、クランクアップの頃なんか、ちょっと角が取れたかなって雰囲気になってきてたんですけどね。最初は何か一つ言うと十文句が返ってくるみたいな感じだったけど」
ちびちび酒を口にしながら良太がボソリと言う。
それを聞いて工藤はフンと鼻で笑う。
『田園』の監督溝田が工藤にしみじみ話していたことを思い出した。
「良太ちゃんて、何か不思議な子ですよね。一見、アイドル系の見てくれだし、軽めの頼りなさげなフリして、言うこと言うし、これってとこは譲らないし、相手が大物小物関係なく忖度しないし、何よりあの竹野をやんわり手なずけるとか、さすが工藤さんの懐刀ってとこですよね」
ほめ過ぎだろうとは思ったものの、そこは坂口の気に入りようから見ても、それこそ良太が成長していることは間違いないだろうと、工藤は思う。
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