寒に入り30

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 八木沼にも話したのであれば、沢村はよほど八木沼のことを信用しているのだと良太は改めて思う。
 インタビューが終わり、携帯を見ると時刻はまだ二時前である。
 スタジオ見学には十分間に合いそうだと思いながらスタッフと打ち合わせを終えて帰り支度をするか、という時に、八木沼がこそっと良太に近づいてきた。
「あんなあ、佐々木さんて」
 え、やっぱまだ未練アリかよ?
「ほんまに沢村と付き合うてんの?」
 身体をかがめて耳打ちする大きな子供のような男を良太はため息交じりに見つめた。
「沢村に言われたんですよね?」
「てことはやっぱほんまなん?」
「はい、諸事情あって絶対マル秘必須ですけど」
 昨年末、佐々木と沢村のことでは、というより沢村のことではえらい目に合った覚えのある良太は、いくら八木沼でも漏らした日にはただでは置かぬくらいにきっぱりと言い放つ。
 はああああああ、と特大の溜息をつき、みるみる情けない顔でソファに力なく座り込む八木沼はまるで叱られてしょぼくれた大型犬だ。
 以前も同じことを考えたことがあるのだが。
 佐々木さんて、スラッガーの前に現れるの厳禁とか?
 とまたしても良太はバカなことを心の中で呟いた。
「月並みですけど、八木沼さんならもっと素敵な人に出逢えますよ」
「ウソや、あないに素敵な人が他にいてるわけがない!」
 目の前でうるうると涙ぐんでいる八木沼に、良太はそれこそため息をついた。
「大丈夫ですか?」
 八木沼が声を上げたので何かあったのかと市川が戻ってきた。
「あ、平気平気、すみませんが先に戻ってください」
 良太は適当にごまかして、市川やスタッフを先に帰らせると、ポットに残っていたコーヒーをカップに注いでテーブルに置いた。
「コーヒー飲んで、ちょっと落ち着きましょう」
 そう言いつつも腕時計で時間を確かめる。
 二時になる。
 こうなったら、何とか三時までに直接スタジオ行くか。
 メソメソしていた八木沼を見ると、涙だけでなくタラリと鼻まで垂れている。
 良太は慌ててティッシュボックスを八木沼の前に置いた。
 八木沼はティッシュをわしづかみにするとぐびぐびと盛大に鼻をかみ、涙を拭う。
「今度こそはと思うたのにな……第一、何で沢村なん?」
 くりんと大きな目で、八木沼は良太を見た。
「えええ、まあ、あの二人も紆余曲折あって、何とかおさまったわけで、もう、並大抵のことではびくともしないって感じですからね、今は」
 ちょっと誇張して良太は言いきった。
 少しでも八木沼に期待を持たせてはいけないと思ったからだ。
「俺、大学でドラフト決まった頃、前から俺のファンやいう子がおってな。打ち上げでもええ雰囲気になって、皆が、俺らのこと煽るもんやから、俺もてっきりその気になってもて、帰り、二人で飲んで、恥ずかしい話、ホテルに直行や」
 良太は八木沼が語るのを黙って聞いていた。
「ホテル言うてもあれやで? ほんまの、ラブホやないとこやで? プロ行き決まった途端、何や気がおおきゅうなってしもて、けど飲み過ぎて部屋でゲロって、ベッドにダウンしてうっかり寝てもたん。ちょっとの間やった思うけど………」
 八木沼はコーヒーを軽く飲み干すと続けた。

 


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