霞に月の1

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 明け方から強い春の風が窓の外を吹き抜けている。
 ヒューヒューいう風の音が耳について、良太は目を覚ました。
 厚ぼったいカーテンのお陰で陽が遮断されているが、薄暗くも部屋のようすがわかるところを見ると、もう既に朝になっているらしい。
 首を動かして隣を見たが、大きなベッドには良太しかいない。
 瞼がまた落ちそうになる。
 どんよりとした頭はすぐ重くなる。
 やがて機能を停止する寸前、バタンとドアが閉まる音が聞こえた。

 
 

 窓の外は燦燦と陽がさして、春の空気は樹々の葉が風に揺れるたびにきらめいているようだ。
 オフィスのドアが開いて、風ごと宅配便のスタッフが荷物を届けに入ってきた。
「まいど」
 経理ほか諸々担当している鈴木さんが印鑑を押すと、また風とともにスタッフが去って行った。
「平さんからだわ」
 鈴木さんが大テーブルの上で届いた箱を開けると、中から野沢菜漬け、ワサビ、蕎麦、ジャムなどが入っていた。
 蕎麦は生麺と乾麺両方入っている。
 良太は書類作成を中断して、鈴木さんの横から箱を覗いた。
「平さんから?」
 森村もたったかやってきた。
ここ乃木坂にある青山プロダクションは在京のキー局で敏腕プロデューサーとして名を馳せた工藤高広が独立して興した会社で、主な業務内容はテレビ等の番組、映画の企画制作プロデュース及びタレントの育成とプロモーションである。
 タレント数名、社員数名ながら業績だけは右肩上がりだが、諸事情により万年人手不足から脱却できないでいる。
 というわけで今年入社五年目の広瀬良太の肩書はプロデューサー兼社長秘書となっているが、実のところやれることは何でもやります的に柔軟に対処するべく、今日も朝からスポンサーと会い、担当するスポーツ系情報番組の会議、CMの最終打ち合わせと走り回ってようやく午後四時を過ぎてからオフィスに戻ってきたところである。
 社長の工藤は、今朝方CMの撮影のためにオーストラリアに向かったのだが、日本にいようが海外にいようが、電話一本でああしろこうしろと良太に指示すると、そっちはどんなようすかなんていうやり取りなど一切なく切ってしまう。
 ったく忙しないおやじだぜ。
 今さらながらとわかっているが、良太は心の中で悪態をつく。
 さっきトイレで手を洗っている時だ、ふと首を傾げた良太は、うわっと、思わず首筋を手で押さえながら頭のてっぺんまで沸騰しそうになった。
 途端に昨夜のあれやこれやまでが脳裏に舞い戻る。
 やけに念入りに明け方まで良太を嬲ってくれた工藤だけでなく、今日から工藤がまた出張で会えないと思うとついそれに乗せられて悦んでしまった自分の痴態までが蘇り、良太は頭を掻きむしりたくなるような衝動にかられた。
「ったく、工藤!!!」
 一声喚くと、良太は慌てて自分の部屋にエレベーターで上がった。
 部屋に入ると猫たちがわらわらと足元に擦り寄ってきたが、撫でるのもそこそこにバスルームに飛び込んで棚からコンシーラーを取り出した。
「えええ………、気づかれなかったよな………」
 良太は今日行った先のことを思い返しながら、襟でおそらく隠れていただろうと思いたかった。
 モリー、気づいたかな………。
 まあ、今更森村は何も言わないだろうけど。
 お陰でもう一日中身体はだる重だ。
「ジャムは平さん特製の、美味しいのよね。こないだ電話でそんなことを話したら、早速送ってくれたみたい」
 鈴木さんの声に、良太ははたと我に返る。

 


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