霞に月の110

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 八時半くらいに出てタクシー拾おう。
 携帯を見ながら良太は、先日と同じ轍は踏まないようにしないとと自分に釘を刺す。
 テーブルに置かれた暖かいコーヒーの香りに、良太も少し落ち着いた。
「あ、すみません。そういえばうちのバイトの子がこのあたり住んでるはずなんですけど、呼び出せばよかったですね。ほんとすみません、二度までもご厄介になって」
「前回は俺が酔っ払ったんだから、全然気にしないで」
 天野はそう言いながら、トーストしたパンとバターを持ってきてテーブルに置いた。
「引っ越しを考えてるって言ってましたけど、いい物件みつかりましたか?」
「や、あれからちょっと仕事に没頭しちゃって、そっちまで手が回らなくて」
「そっか、そう簡単にはいきませんよね」
 俳優の仕事をしながらだとなかなか難しいだろうと良太は思う。
「どなたかお仕事仲間の方に、情報をもらうとか?」
「いやあ、そんな話ができる仲間ってのはいないし」
 やはりアスカではないが、仕事仲間といって簡単に親密になれるものでもないらしい。
 飲みに俺なんかを誘ってるんだもんな。
 ってか、俺、夕べ早いピッチで飲んだし、記憶がないし、下手なこと口にしてないよな? 
 工藤のこととか………。
「あの、俺、夕べ飲み過ぎて、ほんと何話したか全然覚えてないんですけど、何か変なこと言ってませんでした?」
 良太は恐る恐る切り出した。
「うーん、高校、大学通じて何人彼女がいたかとか武勇伝くらいかな?」
「は?」
 一瞬、天野の言葉の意味を図りかねたが、すぐにからかわれていることに気づいた。
「も、やめてくださいよ、俺なんか、記憶にないこと話すわけないじゃないですか」
 すると天野はハハハと笑う。
「あ、いっけね、もうこんな時間……」
 良太はマグカップと皿をシンクに持っていく。
「いいですよ、置いといてください」
「すみません、ほんとに。お礼するつもりでまたお世話になってるとか、ないですよね」
 良太はそそくさと上着とリュックを持って玄関へ向かう。
「付き合ってもらったのはこっちだし、広瀬さんならいつでも大歓迎です」
 天野は良太を見下ろして笑みを浮かべた。
「これに懲りずにまた飲み、行きましょう」
「はい、ありがとうございます」
「なんか………」
 天野が言いかけてちょっと口を噤む。
「はい?」
「いや、飲みの時はタメ口で行きましょうよ。同い年だし」
 それを聞くと良太は、「そうですね」と笑った。
「じゃ、お邪魔しました」
「また連絡します」
 天野はドアを開けて良太を見送った。
 良太は振り返ってぺこりと頭を下げたが、律儀な人だな、と天野のことをあらためて思う。
 そういえば、何だったんだろう。
 タクシーに乗り込んでから、不意に昨夜の工藤からの電話のことを良太は思い出した。
 すぐに切ったから、別に大した用じゃなかったんだよな。
 
 


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