霞に月の111

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 MBC本社の会議室を出ると、紺野が昼を取ろうというので工藤は一緒に最近紺野の馴染みの定食屋に向かった。
 徒歩で歩いていると、知った顔が、「映画、評判いいじゃないか」などと声をかけてくる。
 工藤に声をかけるような輩は、大抵同年配の一緒にいくつもの山を乗り越えてきたような連中で、少なからず好意的だ。
 だが大抵工藤の顔を見ればちょっと会釈をするくらいで速足で去っていくのが常だ。
「キャスティングだが、君の意見はどうだ?」
 そしてこの紺野は、人がどう思っていようがどうでもいい工藤に輪をかけて目の前の仕事に没頭すると周りが見えなくなる男だ。
「俺は異存はありませんよ。まあオファーしても何人かはスケジュールの都合とかで変更する必要はあるでしょうけど」
「そうなんだが、俺は森田和也のことでちょっと気になる話を聞いてね」
「森田が何か?」
 今はよほど身ぎれいにしていないとつつかれるような時代だ。
 ちょっと暴言くらいでつつかれるならまだいいが、特に名の知れたタレントが起こした事故が大したことはなくても相手がいたりすると、何もしないで去ったりした日には、逃げたというのでマスコミが嗅ぎつければ大問題だし、浮気などはまさしくご法度、薬関係なら容疑者となり、それが人気タレントなら取り上げ方が大きくなる。
「ちょっと女性と悶着起こしたとか何とか」
 森田和也はそこそこ人気があり、じわじわ実力もつけてきた俳優だ。
 今回ドラマの要となる人物設定で、森田はうってつけと思われていた。
「調べてみますよ。森田の代わりもチェックしてみます」
「頼むわ」
 その時、向こうから明らかにタレントらしき雰囲気の女性と彼女に付き従うかのような男がやってくるのが見えた。
「あら、高広じゃない」
 工藤はできれば逢いたくないリストの筆頭と出くわして表情を渋くした。
「ひとみさん、しばらく」
 紺野はにこやかに声をかけた。
「紺野さん、お久しぶりです」
 ひとみも目いっぱい歓迎の素振りを見せた。
 後ろに控えているマネージャーの須永が工藤を見てぺこりと頭を下げる。
「今日はドラマか何かで?」
「ええ、二時に顔合わせなんだけど、ちょっと早く来ちゃったわね」
「これから飯行くんですが、ご一緒にどうです?」
 紺野のセリフに工藤は心の中で、やめてくれ、と呟いたが、「あら、そうね、よろしいかしら?」というひとみの返事に、工藤はさらに表情を渋くした。
「もちろん!」
 紺野はすかさず最初の定食屋からその近くの寿司屋にルートを変更した。
「いいかな、四人」
 寿司屋の主は顔を覗かせた紺野と一緒の顔ぶれを見るとスタッフに目配せし、「どうぞこちらへ」とスタッフが出てきて四人を奥の座敷へと案内した。
 紺野の行きつけらしく、いざという時は主が部屋を確保してくれるのだろう。
「最近、良太ちゃん、連れてないのね」
 席に着くなり、ひとみが工藤の顔を覗き込んだ。
 工藤はあからさまに眉をひそめた。

 


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