霞に月の112

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「そうだ、広瀬くん、また連れて来いよ。彼、一生懸命って感じでお前を慕ってるし、可愛いじゃないか」
 紺野までが工藤に向き直って言った。
「……忙しいんですよ」
 工藤が言葉を発するまでの一瞬の間をひとみは見逃さなかった。
「何今の? 鬼の工藤が躊躇いをみせるとか、あり得なくない?」
「お前こそ、アラフォーお局女優が女子高生みたいな口調はやめろ」
「ごまかそうたってそうはいかないわよ? 何かあったわけ? 良太ちゃんと」
 だから嫌なんだ、こいつは。
 簡単に人の顔色で見透かしやがって。
 工藤の眉間の皺が深くなる。
「相変わらずだな、君らは。もう何十年越しの付き合いだ? 酸いも甘いも嚙み分けきった夫婦みたいなやり取りで」
 紺野が笑いながら毒にもならない茶々を入れる。
「やめてくださいよ。とにかく良太にはドキュメンタリー任せてるんで」
「へえ、あれ、最初のちょっと見たよ。佐々木さんが出たやつ、なかなかいい目の付けどころだよな」
 紺野が番組の方へと話の舵を取ったので、「まあ、そこそこ悪くはないスタートだったし」と工藤は頷いた。
「やあねえ、そこそこ悪くはない、とか。いいスタートを切ったって、はっきり言ったらどう?」
 ひとみがまた混ぜ返す。
「はっきり言わないと、そのうち良太ちゃんに愛想尽かされるわよ」
 ひとみも香坂もどいつもこいつも言いたいこと言いやがって、俺にも多少は感情ってものがあるんだぞ。
 などとは口が裂けても言えるかと工藤が心の中で喚いた時、寿司会席が運ばれてきた。
 ひとみと紺野は昔のドラマの話で盛り上がりながら、寿司をパクパク平らげていく。
 もとより口数の少ない須永はひたすら食べることに専念している。
 だが、工藤は何を食べているかわからなくなるほど、心の中で葛藤していた。
 ひとみに脅されるまでもなく、昨夜は良太と話をしようとスケジュールを空けて会社に戻ってみたのだが、結局良太はおらず、高輪に戻った工藤はジムで汗を流し、健康的に過ごしただけだった。
 良太に避けられているらしいのはわかっていた。
 それが、明らかに工藤から離れたい、或いは他の誰かと付き合うというのであれば、工藤には何も言うべき言葉がない。
 竹野と付き合っているかと思っていたが、もしや天野と?
 いや、先日朝帰りしてからそう日も経っていないし、良太はタイバーを届けた礼だとか夕べは言っていたが、あり得ないことではない。
「おい、工藤、聞いてるのか?」
 気が付くと紺野が工藤をまじまじと見つめている。
「あ、いや、ちょっと仕事で気になることがありまして」
 らしくもない言い訳をした工藤をひとみがチラリと睨んだ。
「仕事に没頭するのもいいが、せっかく美味いものを食ってる時くらい、気を抜かないとやってられなくなるぞ」
「はあ」
 工藤は残っていた寿司をとりあえず食べ切ると、最後はお茶で飲み込んだ。
「あんなに美味しいお寿司をなんて食べ方してるのよ」
 紺野が支払いを済ませているうちに店を出ると、すかさずひとみが言った。
「食い方なんぞどうでもいいだろう」
「気になるのは良太ちゃんのことでしょ?」
 ひとみの突っ込みにうんざりした工藤は、今更隠すことでもないと、「ほかに付き合うやつができたのなら、俺には何も言うべきことはないだろう」と口にした。
「はあ? 何言ってるのよ!」
 途端にひとみは声を荒げた。

 


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