霞に月の123

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 薬だけ飲み下してあの朝オフィスに降りていくと、まだ就業前だったが、鈴木さんがちょうど工藤は出かけたところだと言った。
 ひどい顔を工藤に見せなくてよかったと、良太はほっとした。
「良太ちゃん、大丈夫? 真っ青よ? 具合悪いんなら休んだ方がいいんじゃないの?」
「いえ、大丈夫です。夕べ、坂口さんたちと飲み会で、ちょっと悪酔いしてしまっただけで。午後からでかけますし」
 鈴木さんが本当に心配そうにしていたから、よほどひどい顔をしているのだろうと良太はまた落ち込みそうになるのを必死で仕事に向かった。
 今日までは沖縄にいる工藤だが、明日には出張から戻ってくる。
 明日も撮影があるから良太は朝からここだが、工藤と会いたくないというか、顔を合わせたくないという思いが強くなっていた良太は、今日からでも安いビジネスホテルにでも泊まるつもりでいた。
 猫のお世話をしたら、水やごはんもペットフィーダーをセットして仕事に出てしまえばいい。
 会社に近くて工藤の部屋も隣にあるという、良太にとってはありがたい条件だった自分の部屋だが、何だかもうどこかに行ってしまいたいような思いにかられていた。
 だが、可愛い猫もいるし仕事も詰まっているしで、そういうわけにもいかず、考えあぐねた結果、しばらく部屋を出て、猫の世話だけに戻るという苦肉の策をとった。
 工藤からの連絡があると恐る恐る電話に出るのだが、いつものように要件のみですぐに終わるのが今度ばかりはありがたかった。
 いっそ工藤のことを嫌いになるとか、誰かほかに好きな相手ができるとか、どうにもそんな気にもならず、気分は倦んでいくばかりだった。
「良太ってば!」
 背中をパンと手ではたかれて、良太ははっと顔を上げた。
「どうかした? 今日、朝から変だよ?」
 匠が良太を覗き込んでいた。
「そう、かな。手を抜いてるつもりはないんだけど」
「仕事はきっちりやってる。でも休憩に入ると心ここにあらずって感じ?」
 良太は苦笑した。
「うん、ちょっと疲れてるかな」
 匠の後ろに千雪の視線を感じて、良太は眼を反らした。
 休憩のあとは仕事に没頭して、撮影が終わったのは夜九時を過ぎていた。
 十時頃会社の駐車場に車を滑り込ませた良太は、部屋に上がると早速ご飯を用意し、猫たちのトイレを掃除して、ペットフィーダーの準備をした。
 ナーたんとチビ用に二台のペットフィーダーを一日に三回ドライフードが出てくるようにセットした。
 水は新鮮な水が出てくるようにいつも設定してある。
 それから大きめのバックパックにスーツやシャツの着替えを詰め込むと良太は部屋を出た。
 施錠してエレベーターに乗り込み、携帯で空いているビジネスホテルを探した。
「今頃からどこ行くん?」
 携帯の画面を見ながら駐車場に向かっていた良太は、いきなり立ちはだかった影に驚いた。
「びっくりするじゃないですか、千雪さん! どうしたんですか? こんなとこで」
「俺は、良太の部屋で飲も思て」
 千雪はビールが数本入った袋を掲げて見せた。
「えっと、俺、ちょっと今日は………」
 唐突だったのでうまい言い訳が出てこない。
「家出でもするん?」
 バックパックを背負い、バッグを斜めがけにしていた良太は、軽く看破されてムッとする。


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