「ちょっと気分転換です」
「どこ行くん?」
「どこって………」
同級生の肇や沢村のところというのも考えた。
だが忙しいリーマンで、しかも結婚を控えた肇にはいい迷惑だろうし、沢村は今ホームゲームだから神戸だが、部屋を使う理由を根掘り葉掘り聞いてきそうな気がしてやめた。
気兼ねなく落ち着けるのはビジネスホテルくらいなのだ。
「携帯で部屋探しとったわけ?」
まったくこの名探偵は時々ホームズのように推理が冴える。
「ほっといてください」
ジャガーの後部座席に荷物を放り込み、良太が運転席に座ると千雪が助手席のドアを開けて勝手に座る。
「ちょっと、千雪さん!」
「俺の部屋、来る?」
意外な提案に、良太は、えっと千雪の顔を見た。
「まあなあ、たまにどっか行きたくなる時てあるわな。俺も時々フッてふけてまいとうなる」
「千雪さんのは、締め切りに追われてでしょうが」
「昔なあ、思い立って一人旅出たんや」
千雪は良太の言葉を無視して言った。
「芭蕉の奥の細道行ってみよかあて。ちょっと季節は違ごてたけど、出羽三山や象潟や訪ねて悦に入っとったんやけどなあ。京助や研二や三田村が俺がどこぞ行ってしもたて大騒ぎしよって」
「どこへ行くとか言わずに行くからでしょうが」
良太は呆れて、はあ、とため息を吐く。
今でも締め切りに追われて、青山プロダクションに逃げ込んだりなど千雪の行動は読めないことがあるのだ。
「せえけど、辻に車借りて行ったんやで? 昔のおっさんらみたいに徒歩で峠越えとか悠長なんはイラつくやろ」
「昔のおっさんって、芭蕉翁つかまえて………」
「第一辻の車のナビにはGPSついとるのにな。京助と研二が辻に聞いて、わざわざ秋田まで飛んで来よって、あほちゃうか」
慌てた京助や研二が良太には忍ばれる気がした。
「そりゃ、泡食って飛んでいきますよ、何も言わずに秋田とか」
「やから言うてるやろ。黙って雲隠れとか、みんなが泡食うて」
良太としてもみんなを驚かせたいわけではない。
「俺は仕事はちゃんとしますし、休暇取ったとしてもいくら何でもいきなり秋田はないです」
「ホテルとか余計な出費増やさんでも、俺とこやったらタダやん」
千雪は簡単そうに言う。
「でも、京助さんには迷惑でしょうが」
「あんなあ、部屋は別やで? ゲストルームも一応あるよって。まあ、良太にはいろいろ世話になっとるし」
ということで、三十分後には、千雪の部屋のリビングで二人で酒盛りとなっていた。
「だからあ、俺、酔った勢い、工藤さんにぶっちゃけちまって」
「ええやん、そのくらい。工藤さんにはいっぺんガツンと言ったらんと」
ビールで乾杯した後は、千雪の好きな焼酎のお湯割り梅干し入りを二人でカパカパ飲んでいる。
つまみはポテトチップやチーズやイカの燻製などのほかに、千雪が冷蔵庫から持ってきたブロッコリーと卵のサラダや大根の甘酢漬けなど、京助の作り置き総菜がテーブルに並んでいる。
「ガツンとなんて、俺に言えるわけないでしょ。グズグズたらたら文句並べ立てて、自己嫌悪もいいとこです」
良太はへへっと笑う。
「いい加減呆れられて、このままフェイドアウト、でもしゃあないかって」
すると今度は良太の目からポロポロ涙が零れだす。
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