霞に月の129

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 それにしても朝起きると朝食が準備されている生活ってすごい、と良太は改めて千雪を羨ましく思ってしまった。
 京助は早めに出勤したみたいで顔を合せなかったが、今朝は何と、ご飯に味噌汁、卵焼きに焼いた鮭の切り身、わかめと大根のサラダと、日本人の定番のメニューだったのだ。
 忙しいと昨夜のように京助まで名探偵のコスプレ化しているようだが、千雪曰く、部屋がどれだけ散らかっていようと食事だけは手を抜かないという京助を初めてすごい人だったのだと良太は認識を新たにした。
「ひょっとしてボスのこと?」
 匠はまたぼんやり考え事をしていた良太の意表をついた。
「さっきヤギさんに聞かれた時、良太、ぼんやりしてただろ? 仕事の途中でそういうの、あんまりないからさ。工藤さんと何かもめてるとかかと思って」
 匠こそ何も考えてないような顔をして、よく周りを見ていると良太は驚かされる。
 いつぞや、映画の撮影の時に二村がしでかした事件にしても、匠が気づいて動画を撮ったりしていなければ、もっと面倒なことになっていたかも知れない。
「もめてるってんじゃないんだけど」
 匠にはごまかしが通用しないような気がして、良太は言った。
「俺が勝手に好きなだけだからいいって思ってた。でも、工藤が自分の幸せになるのを俺が邪魔してるんじゃないかって。だから、工藤と少しでも離れていようって思って」
「それって、あの香坂って教授が現れたから? 工藤は彼女のことを何か言ってたわけ?」
「高校の同級生ってだけ。彼女、別の人と付き合い始めたみたいだし。でも、俺、彼女と話してる工藤があんな風に笑うの見たことなかった。やっぱ俺じゃダメなんだって思い知った気がして」
 すると匠は険しい表情をした。
「それ、ちゃんとボスと話さないとダメだろ。同級生と良太とじゃ、対応が違うに決まってるし、比べるものじゃない」
 そう言われて良太は黙り込む。
 それも考えたことだ。
 でも………。
「まあ、少し、離れてみて、冷静になって考えてみるのもいいかもだけど」
「うん」
「でもさ、好きだって思いはどうしようもないだろう」
 良太は清々しい言葉で語る匠の潔い横顔を見た。
 みんな、それぞれ、いろんな思いを抱えて生きているのだ。
 俺なんか、往生際悪くてグタグタしまくりだよな。
 やがて撮影が始まると、良太も頭の中を仕切り直して立ち上がった。

 工藤が昔よく来たこの店に顔を出すと、マスターが、お久しぶりです、と言った。
 既にカウンターには、見慣れたくたびれた背中があった。
「よう、久しぶりじゃないかよ」
 それには答えず、工藤は隣に腰を下ろした。
「たまにはこっちの撮影にも顔を見せたらどうだ?」
「そっちは良太に任せてるんだ。俺が口を出すところじゃないだろ。そんなことで呼び出したのか? ヤギ」
 工藤は珍しくスコッチをロックでオーダーすると、「何だよ、いつものやつじゃないのか」と下柳が無精髭をちょっと撫でながら言った。

 


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