霞に月の130

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 昨夜飲んだラム酒がいつになく美味くなかったとは口にせず、「まさか仕事が煮詰まったとか言うんじゃないだろうな」と工藤は言った。
 良太に任せているとは言ったが、良太が自分と顔を合わせるのを嫌がっているのかと思われてのことで、やはり仕事の状況は気になっていた。
「や、仕事は順調そのもの。ま、檜山とは親しいみたいだから良太ちゃん、檜山の扱いも心得たもので、俺もほとんど文句を挟む余地なく、無事終わったが」
「終わったが、何だ?」
 尻すぼみに言葉を濁した下柳のしばしの沈黙が気になった。
「仕事を離れると微妙に違う。あれはいつもの良太ちゃんじゃないな」
 下柳が何を言わんとしているかわかって工藤は眼を眇めた。
「何かあったのか?」
 何人目だ、これで。
 工藤は心の中で突っ込みを入れる。
「あったんだな。喧嘩でもしたのか」
 工藤はそれには答えずにグラスを空にすると、二杯目をオーダーした。
「まあ、傷が浅いうちに謝っちまった方がいんじゃねえの?」
「言っとくが俺は何もしちゃいない」
「ああ? お前が誰かといちゃこらしてたから良太ちゃんがへそ曲げてるんじゃねえのか? いよいよ愛想つかされたか?」
 下柳は焼酎をロックでやりながらぶつくさと言った。
 工藤はいよいよ渋い顔になり、「あいつが勝手に誤解してるんだ」とぼそりと漏らす。
「誤解? ならとっとと説明して、さっさと誤解をといてやれよ。良太ちゃんがあんな顔してたんじゃ、こっちの士気も落ちるってもんだ」
「仕事は順調だと言っただろうが。第一、お前が総指揮やってるんだろうが」
「順調っちゃ順調だが、微妙なニュアンスの問題だ。良太ちゃんのあんな顔見てっと、もっといいもんになるはずが、ただの順調な仕事に成り下がっちまうんだよ」
「そんなのは、お前の問題だろうが!」
「気になるもんは気になるんだよ!」
 二人してちょっとした言い争いになると、酒がすぐになくなる。
 三杯目を飲み干すと、工藤はスツールを降りる。
「仕事だけに集中しろよ。良太なんか気にしてたって、どうなるかわからないぞ」
「そりゃ一体どういうこったよ?」
 下柳の追及をかわして工藤は背を向けた。
 どうにかできればすぐにでもどうにかしてる。
 店を出た工藤は拳を握りしめた。
 ひと吹きの風が街路樹を揺らした。
 通りを抜ける風はそろそろ春の終わりを告げているようだ。
 良太は、今どこにいる?
 物理的な居場所だけでなく、工藤は知りたかった。
 


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