鎌倉市大磯に窯を持つ斎藤亜紀彦はアラフィフの陶芸作家であるが、長年ヨーロッパを歩いて近年日本に戻り、アキ・サイトウという雅号で自由闊達な作品群を作り続け、ようやく最近になってちらほら名前が世に広まり始めた。
実は父親は人間国宝となった陶芸家斎藤玄翠だが、サイトウは七光りと言われるのを嫌いあくまでも自分の力で世に実力を問いたいと父親のことは誰にも知られていなかった。
「この番組でオヤジと一緒に出させてもらうことで、オヤジのことも知れるわけですが、今更七光りもないでしょうし」
今回撮影した、無精ひげをたくわえたサイトウは言った。
人間国宝はサイトウを見る時、気のいいただの父親の目をしていた。
最後のカットの声に良太はふっと息を吐いた。
ここまで順調に進んでいる。
仕事としては非常に充実していると良太は思った。
檜山匠は細部まで気を使いながらも二日かけてじっくり撮っていったし、アキ・サイトウはきっちり打合せ通り、無駄のない進行で夜の九時前までには終了した。
「千雪さんにケーキでも買っていこうかな」
思ったより早く終わったので、良太は遅くまで開いているパティシェリーで美味しそうなケーキを買い、麻布へと向かう。
千雪の部屋に居候するのはこれで三日目になる。
猫たちに会えないのは可哀そうだが、明日の朝、部屋に寄っていくつもりでいる。
「おお、すごい、イチゴぎっしりやん」
ひと切れが大きく、イチゴやキウイやフルーツが生クリームに埋もれている。
良太がコンビニで買ってきた弁当で夕食にしようとしていると、「何や、それで夜ごはんかいな」と千雪が呆れ顔で言った。
「ケーキ食べるし、いつもこんなもんです」
上下スエットに着替えてきた良太がリビングのテーブルに弁当を開いていると、「これ、食うてみ。小夜ねえにもろた、老舗料亭のフリーズドライの味噌汁、さすがに美味いで」と千雪は味噌汁の入ったマグカップを持ってきた。
「わお、これ、インスタントとは思えない!」
「せやろ?」
昨夜は遅くなったためにさほど話もできなかったので、匠の撮影が非常にうまくいったことや今日の陶芸家のことなどを良太が話すと、「陶芸家いうんもおもろい仕事やな」と千雪は頷いた。
ケーキの後ワインを少しやって、笑いながらわちゃわちゃしているところへ、いつにもまして疲れ切った顔の京助が帰ってきた。
「お帰りなさい」
良太はとりあえず声をかけたが、おう、と言っただけでキッチンに向かう。
「なんか、一段とお疲れみたいですね」
「今日は、あおり運転のやつにぶつけられた車がひっくり返って燃えてしもて、三人も焼けたよって、それの解剖にかかっとったみたいや」
それを聞いた途端、良太はうっと吐きそうになる。
「千雪さんって、血が見えなければ平気なんですか?」
「余計な想像せんとけば平気やし」
「はあ。でも文章で書く時って想像しますよね?」
「まだ、そんな現場の事件とか書いたことあれへんもん」
良太は、それでよく推理作家をやっているよな、と首を傾げる。
トイレに立って戻ろうとした時、京助と千雪がこそこそと話しているのが良太にも見えた。
やっぱ、ここに厄介になったままでいるわけにはいかないよな。
京助がキッチンに移動すると、良太は千雪に「明日には出ていきますから、すみません、長々と」と頭を下げた。
「変な気ぃ使わんでええわ。京助は、はよ出ていけとか言うとるんやのうて、事実確認しよるだけや。明日食事をするかどうかいう」
「でも……」
「工藤さんとこ戻る気になったんなら、ええで?」
良太は千雪の顔を見つめた。
「まだ、そういう気になれへんのんなら、下手なホテル行くより、ここにおったらええんや」
千雪はきっぱりと言った。
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