霞に月の136

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「今、高広、診察中。迎えに来るのとか無理よね?」
「どこですか? 病院! すぐに向かいます!」
「第一虎ノ門病院なんだけど」
 気を付けて、とひとみが言う前に電話は切れてしまった。
「なーんかさ、高広、変だから、良太ちゃん来てやってよって言おうと思ったのに」
 ぼそりと口にして、ひとみはぺろっと舌を出した。
 高広に言ったら、余計なことをするなとかって怒鳴るに決まってるけど。
 するとそこへ、須永が一人の男を連れてやってきた。
「あ、ひとみさん!」
「須永ちゃん、向こうは片付いたの?」
「あ、こちら、保険会社の……」
「私、SS保険の豊橋と申します」
 汗を拭き拭き小太りの男はぺこりと頭をさげ、ひとみに名刺を渡す。
「えっと、もうおひとりの方は」
 豊橋はあたりをきょろきょろ見回した。
「今診察中。あ、出てきた」
 工藤は目一杯不機嫌という顔でひとみの横にいる男を睨みつけた。
「あの、私、SS保険の豊橋という……」
「ちょっとした打ち身だ。保険なんぞいらん」
 説明を仕掛けた豊橋の言葉を遮って工藤は言い放つ。
「は? いや、でも、あとになって、やっぱりどこが痛い、ここが痛いなどとおっしゃられましても、対処できなくなってしまいます」
「だからいらんと言ってるだろ!」
 ほとんど八つ当たりで怒鳴りつけられ、豊橋も思わず後ろへ飛び退った。
「ごめんなさいね、この人、虫の居所が悪くてお話にならないから、手続きとかはまとめてそこの須永を通してくださる? ああ、あたしは検査はしたけど全然どこも何ともないから」
「はい。この度は本当に申し訳ないことをしたと本人も非常に反省しておりますので」
 豊橋は大女優を前に顔を真っ赤にしてまた汗を拭き拭きぺこぺこ頭を下げた。
 と、その時、バタバタと走ってくる足音が聞こえた。
「ちょっと、走らないでください!」
 看護師に注意を受けながら、ぜーはーと息を切らしてやってきたのは良太だった。
「怪我って、事故って、大丈夫なのかよ!」
 良太は椅子にふんぞり返っている工藤を見下ろして喚いた。
「あら、超早かったわね。大丈夫、高広、腕をちょっとぶつけただけなのよ」
 むっつりしたままの工藤に代わってひとみが言った。
「へ……、でも、事故って……、事故ってまさかまた………」
 良太が何を危惧したかを察して、「クリーニング屋が居眠りして歩道に乗り上げただけだ」とすかさず工藤は言った。
「お前こそ撮影はどうしたんだ?」
「ヤギさんに、とにかく行けって言われて……」
 良太は口籠る。

 


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