下柳がそんなようなことを言った気はするが、工藤が事故と聞いて頭が真っ白になってしまったので、仕事のことも良太の意識から飛んでしまっていた。
「ちょっと高広! 良太ちゃん、心配して飛んできてくれたのに、もっと何か言いようがあるでしょ!」
ひとみは目を吊り上げて工藤に突っかかる。
「クリーニング屋のお陰で今日の予定がパーだ。大森の撮影だったな。行くぞ。車をまわせ」
ひとみの抗議には耳を貸さず、工藤は立ち上がった。
「え、でも、大丈夫なんですか? 今日一日、休んでいた方が……」
「いいか! 俺は腕をちょっとぶつけただけだ! 骨も折れていなければ頭も割れちゃいない。いやって程無駄な検査に回されてウンザリだ。とっとと車を回せ!」
無暗に怒鳴られて良太はさすがにムッとして「わかりましたっ!」と返すと、回れ右してまた走っていく。
「お客様、走らないでください!」
また注意されて、玄関までは速足でたどり着いたものの、玄関を出るとまた良太は駐車場まで走る。
「ったく、ひとみさん、悲壮感漂う口調で言うから。ピンピンしてるじゃん、工藤!」
ついつい口にしながら車に辿り着くと、良太はエンジンをかける。
まあ、打ち身くらいで済んでよかったけど。
それだけで良太は実際胸のつかえがとれた気がした。
病院につくまでは、工藤の顔を見るまでは生きた心地がしなかったのだ。
工藤は支払いを済ませると、須永に、あとは任せた、と言いおいて、玄関で待っていたジャガーの後部座席に乗り込んだ。
「腕、何か処置してもらったんですか?」
良太はハンドルを切りながら工藤に聞いた。
「ちょっとした打ち身に包帯とか無駄なことしやがって」
ここで、あとで腫れたりするかもしれないから用心に越したことはないとか何とか言おうものなら、またどうせ工藤は頭ごなしに怒鳴りつけるだけだろうと、良太は口を閉ざした。
須永に聞いたところによると、ひとみと一緒にあわや車にぶつかる寸前で工藤はひとみごと歩道に倒れ込んだということで、どこかの組が関係しているとかいうのではないらしい。
まあ、忙しいところへもってきてそんな事故に巻き込まれて、リスケジュールになったということだけでも、工藤には腹立たしいに違いない。
新橋駅の前で右折したところで、工藤の携帯が鳴った。
「ああ、ちょっと腕をぶつけただけだ。今から人形町に向かう」
相手は波多野で、怪我の状態を聞いてきたのだ。
「今日はもう休んで良太と少しは話をしたらどうですか。またぼんやりして、鉄砲玉なんかにやられた日には目もあてられませんからね」
「それだけか? 切るぞ」
余計なお世話だ。
人の弱みを見透かしやがって、波多野のやつ。
森村か。
人のいい森村はスパイしているつもりはなくても、俺らのようすはどうだといえば、森村が波多野に話している可能性はあるだろう。
良太に振り回されている工藤を波多野が面白がっているのが工藤は癪に障る。
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