霞に月の139

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 良太は良太で、何やら重苦しい雰囲気で工藤が事故にあったというひとみの電話に取るものとりあえず飛んで行ってみれば、工藤はちょっと腕を歩道にぶつけた程度で、他に怪我もなく、ほっとしたのもつかの間、現場に行けと言われて工藤と一緒に来たものの、はたと我に返って、工藤と離れていよう作戦がおじゃんになってしまった事実を再認識したわけだ。
 だが、良太としてもただ工藤から逃げ回っていたわけではない。
 少し頭を冷やして、自分で考えてみようと思ったからだ。
 だが、たかが数日では忙しくて自分のことを考える余裕などなく、事故にあったなどと聞けば何をおいても飛んでいかざるを得なかった。
 どうしたらいいか、全然まったくもってわかりゃしない。
 良太はため息を吐く。
 撮影が終わったのは八時頃だった。
「皆さん、寿司が来ましたんで、つまんで下さい」
 片付けが始まったところへ、大森が出前を頼んだ寿司が登場し、スタッフからは歓声があがった。
 細君は和穂の高校生の時に亡くなり、今は父一人子一人の二人だけで暮らしている。
 留学する時も父親のことを考えて一時は断念しようとしたようだが、お前がいなけりゃ生活できないわけじゃないと怒って大森が逆に行ってこいと背中を押したという。
 スタッフの中には大森と長年の付き合いの者もいて、そんな話も出ると、照れくさそうにしきりと大森は短く切りそろえた頭を撫でていた。
 ちょっと小腹を満たしたところで、撮影陣は大森美術を後にした。
「会社に行け」
 車の後部座席に乗り込んだ工藤は良太に言った。
 こうなったら良太も腹を括って、車を会社へと走らせる。
 道すがら、事故のことをどこから聞いたのか、紺野や坂口から工藤に電話が入り、「ああ、ちょっとした打ち身程度です。ご心配なく」と苦々しい顔で答える工藤をバックミラーでチラ見しながら、車はやがて乃木坂、青山プロダクションの駐車場に入った。
「お疲れ様です」
 警備員と挨拶をかわし、エレベーターに乗り込む工藤の後から良太も乗り込んだ。
 言葉もなく七階へ着くと、「猫の世話が終わったらこっちの部屋に来い」と言う工藤に、良太は頷いて自分の部屋のドアを開けた。
 わらわらと駆け寄ってくる猫たちを抱き上げると、そのもふもふ感に何やらひどく久しぶりな気がして、良太の目はうるっとくる。
 それぞれの器にカリカリを入れて二つの猫の前に置くと、夢中で食べ始める。
 上着を脱いでネクタイを外し、猫のトイレを掃除すると、汗だくで走り回っていたので頭も埃っぽく、本当はゆっくり風呂につかりたいところだったが、ざっとシャワーを浴びるとジャージに着替えてから、それこそひどく久しぶりに良太は隣へのドアを開けた。
 工藤はちょうど頭をタオルで拭きながらバスルームから出てきたところだった。
「そこに座れ」
 何やら地獄でエンマ大王の前で断罪を待つ受刑者の気分で、良太がソファに座ると、工藤はグラスを二つとラム酒のボトルを手に向かいにどっかと腰を下ろした。

 


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