霞に月の140

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 工藤がラム酒をグラスに注ぐのを見つめながら、すこしまだ湿り気のある前髪が下りているのを見ると、オヤジも多少若く見えるんだな、などと良太は改めて思う。
「それで」
 グラスを一つ良太の前に置くと、工藤が言った。
 悠長なこと考えてる時じゃなかったんだっけ。
 良太はふと、頭の中がひどく疲れていたんだなどと思う。
 状況に対応しきれていないのだ。
 考えに考えて部屋を出て、仕事に入ったら入ったで、細部のことが気になったりして、そしたらひとみから電話が入り工藤が事故ったと聞いた時は、良太は心の中で張りつめていたものがぴきっと切れた気がした。
 工藤は大した怪我もなく人形町に一緒に行って、撮影が終わって今、部屋に戻ってきている。
 あ、そうだ、千雪さんに、こっちに来てること連絡しないと。
「部屋を出て行きたいのならそう言えばいいだろう」
「え………」
「こそこそ俺から逃げ回るような真似をして」
良太は工藤を見た。
 工藤の言葉をようやく理解したが、言葉が出てこずに良太は首を横に振った。
「ったく、俺の葬式でもなけりゃ戻ってこないつもりだったのか?」
「冗談でもふざけたこと言うなよっ!」
 良太は工藤の露悪的な言葉に感情を高ぶらせて喚く。
 途端、零れた涙を良太は手の甲で拭う。
「大体、なんでクロエと、香坂と俺が家族だ? お前にそう言われたとかクロエが言ってたが、お前は一体何を考えてるんだ?」
 煽るような言葉を口にすると、また良太が泣くのは目に見えていたから、工藤は比較的穏やかな声で聞いた。
「だって、俺は……だから、あんたの邪魔にはなりたくないんだよっ!」
 そう言って良太はまた涙をこぼす。
 工藤は一つ、ため息を吐いた。
「俺がいつ、お前が俺の邪魔をしているなんて言った?」
 良太は唇を噛む。
「だって、俺が勝手にあんたの周りをうろついてたら、香坂先生だって、誰だって近づけないだろ! あんただっていい年なんだし、このままじゃ結婚とかもできやしない」
「俺がいい年だから、お前はクロエでも誰でもいいから結婚してほしいと思っているのか?」
「俺じゃなくてっ………、あんたのことだろ!」
「悪いが、俺はクロエと結婚する気はないし、お前におせっかいを焼いてもらう必要はない」
 一呼吸おいて工藤は続けた。
「俺より、お前はどうなんだ? 同級生も結婚すると言ってたな。お前の妹さんや両親も、そろそろお前に身を固めてもらいたいと思っているんじゃないのか?」
 良太は顔を上げてきっと工藤を睨みつけるように見た。
「あんたはそうやって、ほんとは俺を厄介払いしたいんだろ! でも俺はあんたにでかい借りがあるし、面倒くさいと思ってるんだ!」
 そうやって激高し、また涙をぽろぽろ零す良太を見て、工藤はまた一つため息をついた。
「いいか、そんなことは思っちゃいない。金は月々の給料から差し引いているんだし、お前はやり過ぎくらい仕事をしている。だが、それとお前の将来のこととは別の話だ。よく考えろ」
 ひとみや香坂の言うように、良太が大切だからこそ、安易に良太を縛り付けるようなことは言えないと工藤は思う。
 良太が入社して六年か。
 いい加減、もう潮時じゃないのか。
 いいオヤジの俺が手を離してやるべきだろう。
 年を取るごとに手を離すのがきつくなるばかりだしな。

 


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