霞に月の144

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「え、ウソウソ! ボール取りに来た子が工藤さんのこと『なんか、すっげー鬼みてぇな顔で睨んでたぜ、あのオッサン』って大きな声で言ってたのって、まさか」
 声高に万里子が言った。
「良太です、それ!」
 肇が断言した。
「うっそおおお! やだ、なんかそれってすごい因縁を感じない? 工藤さん」
 万里子にいきなり振られて、工藤は言葉が見つからない。
「ただいま帰りました~!」
 そんな時ドアが開いて、帰ってきた良太をみんなが振り返った。
「あれ、肇、かおりちゃん!」
 良太はすぐ二人を見つけると笑顔でソファに歩み寄った。
「おう」
「新婚旅行どうだった? ロス行ったんだよな?」
「それより、すごい偶然! 良太くん!」
 かおりが声を上げた。
「は?」
 良太は、何ごとだ、という顔でみんなを見回した。
「ほら、高校の時、隣の公園で撮影してた時の! 小野真理子が撮影してるってみんなが騒いでたじゃない!」
 良太はいきなりあの時の話を持ち出されて、うわっと思わず工藤の顔を見た。
「あの時のこわいお……その、だから、工藤さんだったのよ! これってすごい偶然じゃない?」
 かおりはこわいおっさんと言いかけて、慌ててごまかした。
 うっわ! なんでこんなところで!
 まさかこんな形で暴露されるとは思っていなかった良太は、「へ、へええ」と顔が強張る。
「なるほど、その頃からお前には、怖い顔のおっさんという認識だったわけだな」
 厭味ったらしい言葉で工藤が言った。
「え、いや、まさか、面接の時とか全然気づかなかったっすよ?」
 言い訳にもならないセリフで良太はハハハ、と空笑いする。
 面接の時の工藤はもっと凄んで怖かったのに、一斉に他の面々が回れ右して退席していくのにつられて腰を浮かしかけたのだが、それより仕事が欲しかった良太は、研修もなにもなくそのまま入社、よく卒論を提出できてよく卒業できたと、今にして思う。
「でも、それから全然お前、連絡よこさなかったしよ。お前んちも工場も差し押さえとかになっちまうし、あのCMとかドラマとかでお前の顔見るまで、心配してたんだからな!」
 肇がそんなことを言い出したのに、良太はまた、うわ、藪蛇だと首を竦める。
「そうよ! 携帯も繋がらなくなるし、ねえ」
 かおりまでが同調する。
「いや、あの時はさ、夜逃げ同然でみんなてんでバラバラになったし、いろいろあって」
 思い起こせば良太にとってあの頃は日一日が必死だった。
 ただ、どんな仕事だろうと就職できたことは非常にありがたかったのだ。
 それに今思い出したのだが、卒業できたのも工藤のお陰だったかもしれないと思うのだ。
「卒論ができないだと? 言っておくが、卒業できなけりゃ即刻クビからな」
 あれをやれこれをやれ、あっちへ行けこっちへ行けと、良太をこき使った上に、そんな命令を言い渡してくださった工藤の顔を、当時の良太は思い切り睨みつけたものだ。
 

 


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