霞に月の146

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 出張以外、ここ数日工藤は大抵隣の部屋に戻っているので、良太は以前宣言したように朝食を準備して朝、隣へのドアをノックする。
 さすがに良太には和食を用意するのは至難の業だが、工藤がコーヒーだけではなく、パンやコンビニのサラダでも食べてくれるので、朝時間があれば作ってみようかと、朝のレシピを千雪経由で京助から聞いてみるつもりだ。
 良太はプリントアウトした書類をまとめると、PCの電源を落とし、デスクの灯りを消して自分の部屋に上がって猫にご飯をやるとすぐ、いそいそとエレベーターで降りた。
「こないだ、前に小田先生と会った店でまた先生と会ったのよ」
 数日前、ドラマの打ち合わせで山内ひとみと顔を合わせた時のことだ、終わってからごはん食べに行こうとひとみに誘われた良太は、須永と三人で局の近くの定食屋に入ったのだが、鯖の塩焼き定食を食べながら、ひとみが言った。
「やっぱりどうしてもあいつの話になるわけよ」
 ひとみは鯖をつつきながら「あたしがさ、あ、これ大昔の話だからね、良太ちゃん気にしないで」と前置きして続けた。
「付き合ってたワンクールの間に、あいつ、ひとっことも、今日はきれいだ、とかさ、髪型変えた? とかさ、その服似合ってるね、とかさ、言ったことないって、小田さんにぶっちゃけたのよ。もちろん、愛してるだの好きだのなんて、聞いたこともないしって」
 どこかで聞いたような話だと思いつつ、良太は味噌汁をすする。
「でもさ、これが、二人で歩いてて急に雨でも降ろうものなら、自分の上着を脱いで私の頭にかぶせるのよ、あの不愛想な面で。変な輩に絡まれそうになったりした日には、私の盾になって高広が睨みを利かせれば、大抵逃げていくわよ」
「はあ」
 良太は何となく頷いた。
「そんなことを言ったら小田先生がさ、昔、ちゆきも似たようなことを言ってたって言うわけ」
 ちゆき、という名前には良太も一瞬箸を止める。
「高広の背負ってる生まれとかを気にして口にしないんだと思ってたけど違ったって。行動はすごい情熱的なのにただすごい照れくさいだけなのよって、ちゆきさんが言ってたって」
 ひとみはちょっと肩を竦めて見せる。
「あら、ただの昭和のオヤジってだけじゃないってあたしが言ったら、小田先生もまさしくそうだって笑ってたわ。ああ見えて、不器用な奴なんだって」
「ほんと、昭和のオヤジっすよね」
 ひとみの言葉に良太は思い切り頷いた。
 ただ、良太自身そこに引っ掛かっていたのだと、改めて思う。
 工藤のくれた言葉は、好きだの愛してるだのではなくて、それこそ、葬式はお前が仕切れだの介護をするはめになるぞだの、おおよそロマンチックな言葉ではないが、良太が傍にいていいのだと、そういうことだと思うようにした。
 ほんと、工藤とロマンってそりが合わないよな。
 夕顔に顔を覗かせると、昭和のオヤジはカウンターで熱燗をやりながら肉じゃがを食べていた。

 


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