霞に月の148

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「俺もうアラサーですよ」
 良太が言っても、「年齢じゃないのよねえ」とおかみは笑う。
 隣では工藤がフンと鼻で笑う。
 良太は工藤を軽く睨み、「またそうやってバカにする」とブツブツ口にする。
「バカにしてるとか勝手に思うのはお前だろう」
 確かに年じゃないな、こいつは。
 ちょっと首を横に振り、工藤はまた笑みを浮かべて酒を飲む。
「わ、これも美味しい」
 牛肉とごぼうの甘辛煮を平らげた良太がつついているキュウリやナス、生姜の酢味噌和えに、工藤も箸を向けた。
 とどのつまり疲れた時など特に、良太と何だかだ言いながら飲んだりしているのが、工藤にとっては居心地がいいのだ。
 ひとみや香坂にまで良太とのことで、わかった風に言われるのは癪に障るのだが、工藤自身、自分の出自だの何だの、理屈をつけて言い訳を並べ立てたところで、どこかで彼女らに言われた通りだと納得している。
 いくら工藤がオヤジでもこの後に及んで矜持だの何だの持ち出すべくもない。
 しかし十一年ほど前、映画の撮影で訪れた川崎での話は、工藤にも意外なものだった。
 特別に覚えていたというほどのこともない。
 ただ、言われてみると、そういえばあの時、ボールを取りに来てわざとらしく何か工藤の文句を言っていた野球部員のことを、クソ生意気なガキがと思った気がする、程度のことだ。
 おそらく会社に面接に来た時もあの時の工藤と同一人物かどうかなど、良太も考えても見なかっただろうし、無論工藤もそんなニアミスがあったことなど記憶の彼方に消えていた。
 要は良太はどのみち生意気なガキだったということだ。
「何ですか、また鼻で笑って」
 良太が工藤を見てまた文句をつける。
「桜鯛の塩焼きです」
 ちょうど工藤の前にきれいな塩焼きが置かれた。
「はい、こちらは鯛めしです」
 良太が頼んだのは旬の桜鯛を使った鯛めしだ。
「うわ、うまそ!」
「お前のボキャブラリー美味そうか美味いばっかだな」
「いいんです! 美味そうなもんは美味そうなんですから」
 工藤のいちゃもんに言い返す暇もあらばこそ、良太はさっそく鯛めしを口に持っていく。
「うんまいです! これ、文句なく」
 おかみは良太の食べっぷりを見てにこにこ笑う。
「こっちも鯛めし」
 そんなやり取りを見たカウンターのお客が何人か鯛めしをオーダーする。
「鯛めし、すんげく美味かった。工藤さんも食べればよかったのに。」
 夕顔を出て、肩を並べて歩きながら、良太が言った。
「お前の無限大な胃袋と一緒にするな」
 最後におかみが小ぶりの器に出してくれた白玉あんみつも良太はぺろりと平らげた。
「ま、年を考えて胃をいたわらないとですよね」
「何?」
 ぼそりと言った良太を眉を顰めて工藤はチラリと見やる。
 空は晴れていて、満月へと育っていく上弦の月が見降ろしている。
「九時か。前田の店にちょっと寄るか」
 工藤が言った。
 もちろん、良太に異存はない。


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