霞に月の150

back  next  top  Novels


 青山プロダクションのオフィスに珍しい来客があったのは、数日後、良太がたまったデスクワークを急ピッチでやっている時だった。
「こんにちは」
 ドアを開けて入ってきた長身の女性を見て、パソコンから顔を上げた良太は、えっとつい口にする。
「いらっしゃいませ。あら、加賀先生、いらっしゃい」
 女性の後から入ってきたのは相変わらず無精髭の加賀だった。
「おう、鈴木さん、おひさしゅう。こちら香坂先生」
「はじめまして」
「まあ、お噂はお聞きしております。どうぞ、こちらへ」
 加賀が鈴木さんに香坂を紹介すると、鈴木さんはソファへと二人を促した。
「香坂先生、今日は工藤は沖縄出張でいないんですが」
 良太は立ち上がってソファまで歩み寄った。
 香坂は長い黒髪をハーフアップにして今日もパンツスーツがビシッと決まっている。
「ああ、いいのいいの。今日は功成と近くでランチしたついでに、オフィス寄ってみようって思っただけだから」
「かなり治りましたね、傷。俺、心配してたんですよ」
 良太は香坂の顔の怪我が気になっていたが、もうほとんど見えなくなっている。
「俺が処置してるんだから、当たり前」
 加賀が膝を抱えて偉そうに言った。
「あ、そうだ、工藤さんにご請求書、持ってきたぜ」
 加賀から封書を渡された良太は、中を確認して「はい、確かに」と受け取った。
「まだ渡してなかったの?」
「いや、バッグに入れたままポストに入れるの忘れてて」
「だから診療所もあんなボロいんじゃない。このオフィスみたいにクールにとはいわないけど、もうちょっと清潔感あってもいいんじゃない?」
「ぴかぴかだとやばい客が寄り付かなくなっちまうんだよ」
「とか何とか、儲かろうとか考えてないからでしょ」
 鈴木さんがコーヒーとシュークリームをトレーに乗せて持ってきたので、小競り合いは中断した。
 にしてもほんとにこの二人付き合ってたんだ、と良太は二人のようすを見て改めて思う。
「何? 俺の顔に何かついてる?」
 良太がじっと見つめていたので、加賀が聞いてくる。
「いえ、なんか、前はうらぶれた世捨て人かホームレスみたいだったのに、加賀さん、なんか小綺麗になってません?」
 それを聞くと香坂が盛大に笑い転げた。
「でっしょ? 前はとても私、一緒に歩きたくなかったものね。ちょっとはマシになったのよこれでも」
「お、うまいぞ、このシュークリーム」
 ごまかすように加賀はシュークリームにかぶりつく。
「ただいま帰りました~、あ、香坂先生だ!」
 そこへ森村が元気よく戻ってきた。
「おお、シールズ少年、今日も元気がいいね」
 香坂は森村に負けず威勢よく笑顔をみせた。
「先生は今日もおきれいです!」
「正直でよろしい」
「社交辞令じゃねえの?」
 加賀が茶々を入れる。
「だからダメなのよ、日本の男は! きれいだも愛してるも素直に言わないと今の女子には通じないわよ?」
「きれいだ、クロエ、愛してる!」
「棒読み!」
 ヤケクソのように言う加賀に、香坂はコーヒーを飲みながらダメ出しをした。
「良太ちゃんも前より表情が明るくなったわね」
 人目も気にしない二人に苦笑しつつシュークリームに取り掛かっていた良太は、さりげなく香坂に指摘されて、「え、まあ、ここんとこちょっと仕事が一段落したので」とごまかした。

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
いつもありがとうございます