辛うじて十時前にオフィスに駆け込んだ良太は、鈴木さんと森村の声がするキッチンを覗いた。
「おはようございます、すみません、手伝います」
鈴木さんが食器を洗い、森村がキッチンペーパーで拭いてワゴンの上のトレーに置いている。
「あ、いいですって、良太さん、自分の仕事やって下さい。ここは俺らがやるんで」
森村が笑顔で言った。
「食洗機に入りきらないから、もう手で洗っちゃってるのよ。もうあとこれだけだから」
鈴木さんも食器をゆすぎながら言った。
「どうぞ、コーヒー」
良太がぼおっと突っ立っているうちに、森村がコーヒーを入れた良太のマグカップを差し出した。
「ありがとう。じゃあ、すみません、お願いします」
正直、二人の申し出は良太にも有難かった。
かなりだる重い身体はまだ全然軌道に乗っていなかった。
工藤のせいとは言えないよなあ。
平日というのに夕べは妙に工藤に縋ってしまった。
コニャックが美味しいとか思ってつい飲み過ぎたのもあるかもだが。
何か恋人みたいで、工藤の腕を離したくなくて、しがみついていた気がする。
そんなことを思い起こすと次第に耳たぶが熱くなってくる。
桜の下で仲良さそうに言葉を交わしている恋人たちがあちこちにいて少し羨ましかった。
京助と千雪でさえだ。
工藤とのことを知っている周りは勝手にいろいろ言ってくれるようだが、工藤のことで一人でグチグチ文句を垂れることはあっても、佐々木さんが冷たいだのなんだの良太にわめき散らす沢村みたいに、人前でやっぱり口にはできない。
まあ、傍にいながら自分の想いを押し殺しているアスカには申し訳ない気もしないでもないが、それでもいずれちゃんとした恋人同士になる可能性は大だ。
それにしても、今さらながらに、人生、なんかとんでもないところに来てしまった気がする。
たかだか川崎の野球少年が、よりによって工藤みたいな男好きになっちゃうんだ?
やっぱどこかで人生のルーレットがうっかり場違いな方向指しちゃったに違いない。
どう見ても交差するはずのない俺と工藤の人生、どこで間違ったんだ?
やっぱ大学の掲示板でここの会社募集に飛びついた時かな。
いやまさか、高校の時、俺の暴投でボールがたまたま隣の撮影現場に飛んでって、たまたま強面のオッサンの傍に落ちた時、とか言うなよな。
うろ覚えだが、あの人相風体はどう考えても工藤にしか当てはまらないし。
でなければ、肇には悪いが俺はもしかしたらかおりちゃんとゴールインとかしてたかも。
工藤だってちゆきさんじゃなくても、知的な美人検事とかとくっついてたかも。
工藤、華やかな業界で仕事をしているし、美人な女優とかアナとか寄ってくるけど、本来、そういうマジメな人生歩いている人が好きなんだろう。
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