工藤が車を取りに行っているあいだ、病院のエントランス前で待っていた良太だが、そういえば支払いをしていないことに気づいた。
「あの、ここの支払いって」
工藤のベンツが横付けされると、良太は助手席のドアを開けながら聞いた。
「済ませた。早く乗れ」
ドアを閉めて良太がシートベルトをするやいなや車は走り出した。
車の中でもお互いほとんど口を聞くこともなく、こんな気づまりな時間は良太もあまり記憶になかった。
工藤がほとんど怒鳴りもせず、しかし何やらめちゃくちゃ怒っているような気配に、良太は息まで詰まりそうに感じる。
ちぇ、何かほんと、もう俺と話す言葉もないってな感じじゃん。
こんなことならタクシーで帰ればよかった。
会話もないまま外をぼんやり見ていると、工藤の言葉が頭の中に舞い戻る。
『あいつはタフだから心配いらん』
香坂先生のことなら俺が心配するような必要もないって話だよな。
互いによく知っている間柄だから、信頼できるから、そんなニュアンスの言い方だったと、良太は思い起こす。
ま、俺なんかのことには金輪際使わない科白だよな、心配いらん、とかさ。
ちょっとやそっとのことでは揺るがない絆のようなものを見せつけられたような気がした。
もういいや、うまくいってんのなら。
工藤が今一番力を入れている映画のプロモーションのスケジュールを狂わせてしまったことが、良太にはとても悔しかった。
良太が香坂をもう少し早く救い出していれば、工藤もわざわざ名古屋から飛んでくることもなかったのだ。
まあ、どのみち俺にはどんなに背伸びしても、工藤の相手には役不足なんだろうから。
捻くれるわけでもなく、すんなり受け入れられるような気がした。
ただ年齢の開きというだけでなく、そこにはキャリアや人生の軌跡があって、良太がいくら頑張ったところでそれは埋まらないのだ。
鈴木さんには心配かけたくないとオフィスには顔を出さず、良太は頭に巻いていた包帯を取って、午後から直接ドキュメンタリーの撮影に向った。
名古屋から一足先に東京に戻ってきた工藤は、夜に予定されている苦手なレセプションパーティまでオフィスにいた。
本当なら良太が身体が空いていれば連れて行くつもりでいたが、今朝の良太のようすからも気が乗らないだろうと思ったのだ。
秋山や谷川は朝、良太のようすを尋ねてきたので、面倒に巻き込んで申し訳ないと謝罪をしたが、逆に谷川などもいつでも呼んでくれればできることはしますからと申し出てくれた。
珍しく工藤がオフィスにいると、あちこちから連絡が入った。
千雪も良太のようすを聞いてきたが、もう仕事に行っていると伝えると、「無理させんといてくださいよ」と文句を言って切れた。
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