霞に月の94

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 ったく俺がパワハラで良太を酷使しているみたいなことを言いやがって。
 工藤は内心イラついた。
 入社当初はパワハラじみていたかもしれないが、俺は倒れるまでやれとか言った覚えはないぞ。
 良太のやつが限界までやっちまうからこっちは振り回されっぱなしだ。
 心の中で千雪に対してそう弁解してみたものの、いや、最近あいつが仕事をわかってきたなんぞと浮かれて、あいつこそオーバーワークなのを見過ごしていたかもしれない、と。
 それに、調子に乗って壁をぶち抜いてドアなんぞをつけたり、ただいちいち外に出てから隣のドアを開けるのが面倒だっただけなのだが、このままだとほんとにオヤジの介護をすることになると思って、良太のやつ、引いたのかもしれないしな。
 フン、ったく俺としたことが。
 工藤は自嘲し、頭を掻きむしりたい衝動に襲われた。
 この先も良太をあんな目に合わせることになる可能性も大なら、良太とやはり距離を置いたほうがいいのだろう。
 工藤がそんなことで逡巡していた時に、思いがけない訪問者があった。
「突然お邪魔してすみません、天野と申しますが、広瀬さんにお目にかかりたいのですが」
 入口に立ったまま、天野は言った。
「広瀬は出ているが、どういったご用件で?」
 鈴木さんも立ち上がったが何か言う前に工藤が尋ねた。
「あ、工藤さんですか? 私、今度、ドラマに出演させていただくことになりました、スカイプロモーションの天野右京と申します」
 ああ、と工藤はようやく察した。
「そちらへどうぞ」
 工藤は窓際のソファへと天野を促した。
 いつもなら次のスケジュールのことを考えて、滅多に接客などしない工藤だが、今日は事件の余波で珍しく時間が空いた。
 思いがけず、業界の鬼プロデューサーと噂だけは耳にしていた工藤などに遭遇してしまった天野は少し身を固くしてソファに座った。
 しかも今日は夕方までオフで、普段なら口下手な天野を補足してくれるはずのマネージャー船岡もいない。
「工藤です」
 差し出された名刺を両手で押し頂いた天野は、船岡がやるように手前に名刺を置き、「すみません、今日はオフで名刺を持ち合わせていないものですから」
「いや、存じ上げてます。広瀬は出ていますが、よろしければ私が伺って伝えますが」
 そこへ鈴木さんが紅茶とマドレーヌをトレーに乗せて現れ、二人の前に置いた。
「ありがとうございます」
 マドレーヌは遠慮したいが、芳醇な紅茶の香りは工藤の鼻孔をくすぐった。
「仕事のことではないのですが、実は先日、広瀬さんにいろいろとお話をさせていただいた折に酒を飲み過ぎてうちまで送っていただいたのですが、夜中になってしまったので、申し訳ないのでうちに泊まっていただいて、朝慌てて帰られたんですが」
 工藤は思い当たることがあって天野を見た。
「後になって部屋にタイバーを落としたかもしれないと広瀬さんから連絡があって、大事なもののようだったので、探したら見つかったものですからお持ちしたんです」
 そう言うと天野はポケットからハンカチに包んだタイバーを取り出してテーブルの上に置いた。

 


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