「一応、夕べラインはしたんですけど、広瀬さん、なんかお忙しいようだったし」
タイバーを見た工藤は三月の良太の誕生日にくれたものだとはすぐに分かった。
「それはわざわざありがとうございます」
確かに夕べは忙しかっただろう良太のことを思いやると、工藤は良太のことがいじらしく、俺なんかに関わらなければあんな目に合わずに済んだものをと考えずに入られない。
実際今度のことだけではないのだ。
そうすると、先日の朝、慌てて帰ってきた良太がてっきり竹野と一緒だったのではと思ったのは、つまらぬ勘繰りだったようだが、むしろ自分のようなオヤジではなく若い恋人でも作ったほうがよかったのではないかとも思うのだ。
「それではこれで失礼いたします」
工藤が逡巡している間に、紅茶とマドレーヌを潔く平らげた天野は立ち上がった。
「撮影に関して何かあったら、また広瀬の方に連絡してください」
「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」
天野はぺこりと頭を下げた。
「船岡さんにもよろしくお伝えください」
工藤がそう付け加えると、少し緊張していた天野は笑みを浮かべた。
「はい、ありがとうございます」
タイバーをポケットに入れて自分のデスクに戻った工藤に、「なんだか清々しい方ですわね、天野さん」と鈴木さんが言った。
「演技に対する姿勢も常に真摯らしいし、ドラマも引き締まりそうだな」
「いいドラマになりますね」
鈴木さんは微笑みながら、カップや皿を片付けに立った。
パーティなどバックレたいところだが、映画のレセプションとなればそうもいかないだろうと身支度をすることにして、工藤はポケットから取り出したタイバーを良太のデスクに置いた。
「良太が来たら、天野が忘れ物を届けに来たことを伝えてください」
工藤はキッチンから戻ってきた鈴木さんにそう言うと、オフィスを出た。
こだわりの陶芸家の撮影にてこずり、良太がオフィスに戻ってきたのは夜九時を回ったころだった。
誰もいないオフィスに入ると明かりをつけ、良太は自分のデスクに向かった。
ああでもないこうでもないとやっていたので、森村にさえ連絡をすることができなかった。
もっとも、何かあればスタジオの森村の方から連絡を入れてくるだろうから、ラインもなかったことを考えれば、撮影は順調だったのだろう。
良太はそんなことを考えつつデスクにたどり着くとひとまず腰を下ろした。
パソコンを立ち上げて、メールなどをチェックすると、ふう、と良太は大きく息を吐いた。
「チビたち待ってるよな。とっとと戻るか」
立ち上がってデスクのライトを消そうとした時、ようやく良太はタイバーに気が付いた。
『お疲れ様。天野さんが今日届けて下さいました』
鈴木さんのメモ書きの上に良太が失くしたと思っていたタイバーが乗っていた。
でもあってよかった。
胸をなでおろした良太はポケットにタイバーをしまう。
工藤にもらったやつ失くすとか、バカだよな、俺。
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