それに、あいつ面白い男だったな、と香坂は自然と笑みを浮かべる。
あいつ、とは昨夜というか明け方香坂の顔を治療してくれた加賀という医師のことだ。
工藤とは身内に極道がいるという出自が似ていて知り合いだというが、背中に彫り物があると自慢気に言っていた。
飄々としてざっくばらんなところに、なんとなく親近感がわいた。
アルコールの臭いがしたが、仕事は丁寧でまた数日後に行くことになっている。
拉致されるとか面白くもない目にあったものの、加賀と知り合ったのはちょっとした拾い物だったかもしれない。
「さてと、この顔でまたカフェでも入ったらじろじろ見られるのが関の山だし、弁当でも買って帰るか」
東京での勤務が決まってから割とすぐの移動を余儀なくされ、なかなかこれといった部屋が見つからずしばらくホテル住まいだったが、これが日本なのだと譲歩して決めたのが小石川の今のマンションだ。
香坂にとってはとにかく狭いことが問題だった。
広い祖父の家が横浜にあるが、通勤に時間がかかるし、やはり気を使わなくてはならないのはいただけない。
二十年もアメリカで暮らしていると、すっかりゆったりした空間に慣れてしまい、日本の狭い家屋に足を踏み入れた香坂は圧迫感すら覚えた。
それでも日本での生活が続いていくうちに、慣れたのか昔の感覚が蘇ったのか少しでも広ければいいことにしたわけだ。
「そうだ、こんな怪我ももとはといえば高広のせいじゃない。近々絶対、会ってもらわなくちゃ」
夜景の見えるリビングで一人弁当をつつきながら、香坂は頷いた。
勢い込んだその香坂から電話を受けたのは、苦手なパーティで疲弊して高輪に戻ってきた工藤が風呂に入ろうとしていたじきに日付変更線を超えようという時のことだった。
「クロエか、なんだ?」
「あのさ、なんだはないんじゃない? こっちはパンダに同病相憐れむくらい好奇の目で見られながらモルグで一日仕事をこなしてきたってのに」
フンっと工藤は笑った。
「それはすまなかったな。治療費の請求はこっちに回してくれ」
「当り前じゃない。ってか、加賀さん、はじめっから高広に回しとくって言ってたわよ」
「ああ、加賀、あいつ、腕だけは保証しとく」
「もう、それはいいわよ。とにかく近々に時間取ってよね」
「謝罪に飯でも奢れってか?」
「それもあるけど、まあ、お互い忙しいし、ランチの方が時間取れるっていうんなら、それでもかまわないわよ。明日明後日のうちで空いてる時間ある?」
「せっかちなやつだな、ちょっと待て」
確かに何の関係もない香坂に怪我まで負わせて、しかも顔だ、今時女性の顔にとか言ったら差別だの何だの言われるのかもしれないが、実際のところ傷でも残ったら大問題だろう。
加賀に連絡を取って状況を確認しなくてはな。
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