春雷16

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「るせえな、こいつはとっくに俺を振ってオヤジに入れ込んでんだよ」
「おい、沢村!」
 聞き捨てならない暴言を吐く沢村を、良太は睨み付ける。
 工藤とのことは亜弓にははっきり言ったわけではないし、良太としてはしばらくは曖昧のままで行きたかったのだが。
「ちょっと、それってお兄ちゃんにあんたが言い寄ったってこと?」
 そっちかよ、と良太は今度は亜弓を見た。
「まだ佐々木さんに会ってなかった頃の話だ」
 沢村も真っ向から亜弓を睨み付けた。
「沢村、バカモテなのに、佐々木さんなんだ? まあ、あの方ならわからないでもないけど。でも、お兄ちゃんまで、大学の頃までは相手って女だったよね? 高校時代はかおりさんって彼女もいたし、何故か」
「何故かってどういう意味だよ」
 良太はそこに引っ掛かりを覚える。
「だって、ずっとフラれっぱなしだったじゃない」
 すると沢村がフンっと鼻で笑う。
「恋愛下手っていうか、いっつも直球過ぎるって言うか、シチュエーションとか、言葉とかもうちょっと考えてってとこがないのよね」
 それを聞くと、良太もごもっとも、と頷きそうになる。
 そういえば、工藤にもはずみで告ってしまったんだった、と良太は思い起こす。
「初めての彼女だったのに、かおりさんとは結局ダメになっちゃうし」
「うるさいな。しょうがないだろ、俺、あの頃浪人だったし、向こうは大学生ですぐにいろいろもててたみたいだし」
 今となってはそんな頃のことも懐かしく思い出される。
「知ってる? かおりさん、肇くんと結婚するって」
「え、お前こそ何で知ってるんだ? 一応、俺も沢村も披露宴には呼ばれてるけど」
 思いがけず亜弓の口から出た話に、良太は聞き返す。
「何で沢村が行くのよ?」
 また亜弓が冷たい視線を沢村に向ける。
「ああ、俺たち最近四人でたまに会ったりしてるんだ」
 沢村の代わりに良太が説明した。
「何だ、そうなの。こないだお母さんが、実家に用があって川崎に帰った時、たまたまかおりさんのお母さんに会って、聞いたんだって」
 それを聞くと、良太は不意に、生まれ育った町のことを思い出した。
 古い、父親が祖父から譲り受けた家も、当時父親が営んでいた自動車整備工場の油の匂いも、すぐ傍にまだ記憶があった。
 今はもうそれらは跡形もなく、一度だけかつての家のあったあたりを通りかかったことがあるが、新しいアパートが建っていた。
「おかあさん、心配してたよ。かおりちゃんには振られちゃったのねって」
 亜弓の咎めるような言葉に、良太は何も言えなくなる。
「ダメモトで言ってみれば? おとうさんたちに」
 いきなりな提案に、良太は眉を顰める。
「何を?」
「工藤さんと付き合ってるって」
 あまりにはっきり言葉にされて、良太はそれこそ言葉がない。
「案外、へえ、そう、くらいなもんかもしれないぞ。俺のおふくろとか、佐々木さんのおふくろさんみたいに」
 沢村が軽々しいことを言う。

 


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