会社に着くと二人とも言葉もないままエレベーターで七階に上がり、それぞれの部屋の鍵を開ける。
「じゃ、お疲れ様でした」
難しい顔の工藤に良太は一応それだけ言うと部屋に入る。
わらわらと駆け寄る猫たちを抱えて靴を脱ぎ、キッチンに行くと、カリカリを猫たちの器に入れて、古い器と交換する。
沓脱のない部屋だが、良太は炬燵も置いているので、スリッパか裸足に替えて土足のまま中には入らないことにしている。
工藤は子供の頃から欧米風スタイルで、最初は良太の部屋にも土足で入ってきていたが、寛げるので革靴は部屋履きに履き替えている。
どちらの部屋も、平造によって五月と十月には業者を手配して絨毯を換えている。
これはこの部屋を使わせてもらっている特権で良太には非常に有難い。
業者が入るうち、猫たちは鈴木さんがケージに入れて預かってくれている。
今年の秋は雨が多くて比較的気温が低いこともあり、既に絨毯は毛足の長い冬用になっていた。
以前は業者が入ろうが猫のこと以外で気にするようなことはなかった良太だが、工藤の祖母多佳子から渡された、鑑定してもらったらやはり高価な宝石類がついているとわかったペンダントは、業者が入る時は猫と一緒に鈴木さんに預かってもらうことにしている。
「ただの社員には、ほんと至れり尽くせりの部屋だよな」
風呂から上がった良太は最近はまっている炭酸水をゴクゴク飲んでから部屋を見回した。
居心地のいいこの部屋もいつ出て行くか知れないことを肝に銘じておかなくてはとあらためて思う。
君塚がほんとにこの会社に来たら、会社は辞められなくとも部屋は引っ越さないわけにはいかないだろう。
その時工藤の部屋へ通じるドアがノックされ、「起きてるか」と言う声が聞こえた。
しばし迷った良太だが、寝たふりもできずに「はい」と答えるとドアが開いた。
「ちょっと来い」
顔を覗かせた工藤も風呂を使ったらしくバスローブだ。
Tシャツにパンツ一丁の良太はスウェットのズボンだけ履いて、工藤の部屋に向かった。
工藤はテーブルのグラスにラム酒を注ぎ、一つを良太に差し出した。
何となく工藤のようすから、重要な何かを言い渡されるような気がして良太は少し身構えた。
やっぱり君塚さんがうちに来るとか?
良太は工藤を見つめた。
「今日ネットプライムで、東京支社のCEOとちょっと話したんだが、お前をニューヨークに研修に来させないかと誘われている」
あまり歓迎しない話は、どうやら脳が理解するのを妨害してしまうのかも知れない。
工藤の話は良太の予想を遥かに超えており、その意味を咀嚼するまで一分以上はかかった。
「俺が、ニューヨーク、ですか」
良太はようやく絞り出すようにして言った。
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