その時、千雪のポケットで携帯が鳴った。
千雪は表示されている名前に眉を顰めたが、とりあえず出た。
「はあ? そんなん、昔写した写真つこたらええですやろ」
相手は工藤で、今撮影中の『検事六条渉』を雑誌で取り上げるから、取材に出向いてくれという。
「ひとみと天野とお前だ。日程が決まったらまた知らせる。ああ、それから、局の上の連中が、制作記念パーティを開くから、お前にも出席しろと言ってきた」
「だれかに鬘とメガネで俺の影武者になってもろたらええ」
ハチャメチャな提案には一言も返さず、「また連絡する」と言って工藤は電話を切ってしまった。
「せや、またニューヨークで執筆活動するいうんもええな。なんぞ、ちょうどええ講座とかないやろか。取材旅行いうんがいっちゃんええか」
「何をひとりでブツブツ言うはるんです?」
立ち止まって呟いていた千雪は背後から、うざい相手に声をかけられた。
「取材旅行って、どこ行かはるんです? 紅葉も見ごろやし、温泉もええんちゃいます? 先輩東北好きですやろ? 一緒に行きまっか?」
佐久間は畳みかけるように言う。
「誰が行くか」
「またそんなつれなさそうなことを」
「お前また、振られたんか?」
どうやら千雪の言葉はズバリ、佐久間の的を得てしまったようで、瞬時に顔が曇った。
「りさ子さん、ヨーロッパ取材ですねん」
しゅんと肩を落とす佐久間に、「はあ? お前も行ったらええやん。俺なんか温泉に誘うよりずっとましやろが」と千雪は慰めるでもなく言った。
「金があれば行きますわ。せえけどここんとこの円安でヨーロッパなんかただでさえ高いのに、とても手が出ませんわ。それに………」
佐久間が珍しく言葉を切った。
「それに、どないしてん?」
「ほんまにりさ子さんとは、格差が広がるばっかで。そろそろりさ子さん、副編になるかも言うとったし……はあ……」
研究室にいて講義くらい持っていたとしても、メジャーな出版社の副編集長ともなると、年額一千万は軽く越えるだろう。
「俺は学者してればええとかって、二人で会う時も食事から何から、りさ子さん払うてまうし、それでも会わんとこなんて思われへんし」
「ああ、こないだカフェテリアで、女子が言うとったな、金のない男となんか続かんとかなんとか」
千雪はさらりと佐久間の気持ちを逆撫でした。
「あーあ! 先輩は小説家やから、何も心配することないやろけど、やっぱ、俺とりさ子さんではどうにもならんわなあ」
はああああと、佐久間は大きなため息を吐く。
「弁護士にでもなって独り立ちしたらええんちゃう?」
「そんな、軽く言わんといてくださいよお!」
佐久間は声を大にして喚く。
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