何だろうと思いつつ、良太はスタジオに来たら声を掛けてくれるように言った。
森村が振り返ったので、「千雪さんが寄るって」と良太は告げた。
「千雪さんが? 珍しいですね。あまり撮影とか近づかない人なのに」
そうこうしているうちに千雪がやってきた。
「あら、小林先生じゃない。何かありまして?」
目ざとく黒縁メガネの千雪をみつけて、ひとみが声をかけた。
「や、たまには顔出した方がええんやないか思て。これ、差し入れや」
良太は千雪から『やさか』の紙袋を二つ、「ありがとうございます」と満面の笑みで受け取った。
「あ、これ、今評判の紅葉焼きですね!」
良太は袋の中をのぞいて声を上げた。
「紅葉焼き?」
天野も歩み寄って聞き返した。
「生地に紅葉が描かれてて、抹茶餡と味噌餡が美味しいんですって」
良太は説明した。
既に鈴木さんが買ってきてくれたのだが、生地も餡も絶妙な甘さで、何個でも食べられそうだと思ったものだ。
「さっそく次のお茶の時間にみんなでいただくわ!」
今回座長を務めるひとみは、俳優陣からスタッフから、かなりいろいろ気を配っているらしいのが良太にも伝わっている。
差し入れも一度や二度ではないし、ちょい役の若手俳優にも、何か困っていそうだったりすると声をかけたりしている。
歯に衣着せぬ物言いで、それこそ監督や脚本家にも下手をするとくってかかることもあるひとみだが、もともとスタッフを労うことも忘れないので、そこは業界では評判がいい。
「何かあったんですか?」
撮影が始まると、良太は千雪と廊下に出てから尋ねた。
「いや、陣中見舞いもたまにはせんとな」
「ええ? それだけですか?」
「何やね、その疑り深げな目は」
やや眉を顰めて千雪が文句を言う。
「そりゃね、普段の行いが行いですからね」
「人を犯罪者みたく言わんとって」
良太はもう一度斜に千雪を見つめた。
「工藤さん、ニューヨークに行かんの?」
と思うといきなり話が飛ぶ。
「は?」
「モリーも一緒に送り出すとか、えらい心配のしようやから、工藤さん本人が行かはったらええのにて」
そりゃ、工藤と一緒にニューヨークに行ければ、それにこしたことはないが。
「いやいや、何、言ってるんですか。俺の研修に、そんな保護者つきとか、ないですよ」
「そうか? ほんまは本人が良太と一緒に行きたいんやないか思て」
良太は空笑いした。
「やめてくださいよ、そんなことあるわけないでしょうが。第一、俺一人抜けただけでもうちの会社まわしていけるのかってくらい、ただでさえ人手不足なんですから」
良太は大きく頷いた。
「工藤さんも、目一杯スケジュール入ってるし」
自分で言いながら、ほんとに四月から俺、離脱していいんだろうか、と良太はまた心配になってくる。
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