「まあ。それならそれで何とかするやろ、工藤さんなら」
そう言われると、それはそれで良太は引っかかる。
「どうせ、俺じゃなくてもOKでしょうよ」
むくれる良太を見て千雪が思い切り笑う。
「何言うてんね。研修行って一皮も二皮もむけてレベルアップして戻るんやろが。そうなったら、青山プロの良太ちゃん、ちょっとやそっとで太刀打ちでけんよになったて業界でも……」
「おちょくり加減がパワーアップしてますよね」
あきれ顔で良太は一つ大きく息を吐いた。
「アホやな、そのくらいの気合で行かなどないするねん」
「根性論はいいですから、何か俺に用があったんでしょ?」
「うん。たいしたことやないんやけどな。土壇場になって頼むより、今のうちにと思て」
「ええ? なんですか?」
良太は胡乱気に千雪を見た。
「あんな、たまのことやろけど、ボストンのマギーさんとこにお遣い頼みたいて、小夜ねえが」
「はあ。京助さんらの叔母さんでしたっけ?」
「そう。あのうちは七十五パーの確率で科学者やから、おもろいで」
「はあ、何なりと言ってくだされば。でもボストンって、車で三時間くらいでしたっけ?」
すると千雪は、「ほな、免許取るん?」と聞いた。
「ええ、一応研修は三か月ですけど、東洋商事の仕事で何日かはまだ延びる可能性あるみたいだし、モリーが連れてってくれるって言うし」
「そらええわ。車動かせんと不便やからな」
千雪は頷いた。
「それやったら、話は早いわ。俺も頼みたいことあってな」
それを聞くと良太はまた構える。
「何ですか?」
「またそないうろたえんでも、ギャングにアンダーカバーして取材してこいとか、言わんし」
「冗談でも冗談じゃないです」
良太は断言した。
「メトロポリタンとか、美術館あるやろ? 近代美術館とか、休みの日にでも行って、取材してほしいねん」
「美術館、ですか?」
「博物館もあったな。まあ、良太にとっても勉強にならんことやないから、頼むわ。できれば、キュレーターとかにも取材してくれたらええんやけど」
「はあ、わかりました。小説の取材、とかですか?」
「まあな。留学しとった時にも行ったけど、何年も経ったしな」
「いいですよ、そんなことなら任せておいてください」
千雪はうんうんと頷いて、「小説の売れ行きは、良太の取材次第ってことやな」などと言う。
「プレッシャーかけたって、できることしかできませんから」
良太はしれっと言い返す。
「お礼を兼ねて、日本食が恋しくなる良太ちゃんに、米やら味噌やら送ったるわ」
「はあ」
そういえば三か月もの間日本を離れたことがないわけで、確かに米とか食べたくなるかもな、と良太はあらためて思う。
「心配せんでも炊飯器はキッチンに置いてある」
「ほんとですか?」
「留学しとった時、京助が持ってった」
「さすが、京助さん! 助かります!」
こういう時だけは、良太も京助をよいしょする。
鍋でも炊けるだろうが、炊飯器があれば良太でも簡単にご飯が炊けるだろう。
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