月澄む空に163

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「あれはないだろうくらい、俺にもわかりますよ」
 谷川までが同調して頷いた。
「午後は予定があるのか?」
 工藤が奈々と谷川に聞いた。
「いや、久々オフです」
「じゃあ、これから、メシでも食うか」
「わーい! 私、海鮮丼が食べたい! この近くにランチで美味しいお店があるんです!」
 奈々の一声で、四人が向かったのはこの界隈の会社員御用達という定食屋だ。
 五分程並んでから暖簾をくぐって店内に入った。
 四人掛けのテーブルに座ると、結局四人とも奈々のお勧めの海鮮丼定食にした。
 奈々に気づいた者もいて、ちらちら見られたりはしたが、スーツや制服に身を包んだ会社員ばかりらしく、近づいてこようとする者もいない。
 まあ、ただものではないオーラの大きな男と、眼付きの鋭い男が傍らに陣取っているのだ、あまり近寄りたくもないかも知れない。
「美味しいね!」
「ほんとだ! いいとこ教えてもらったよ」
 奈々と良太はむっつりと海鮮丼をつつく二人の男たちなど無視して、美味しいを何度も繰り返しながら、きれいに平らげた。
「撮影はどうだ?」
 奈々は主演のアイドル俳優の幼馴染という役で、日曜日九時の連ドラに出演している。
 ヒロインは人気急上昇中のアイドルタレントだが、お世辞にも演技がうまいとは言えず、こき下ろす工藤だけでなく、良太もしっかりチェックしていた。
 案の定、ドラマのSNSには、主演の二人より奈々への激励やファンが押し寄せているらしい。
 奈々は着実に力をつけていると、良太もドラマを見て確信している。
 次は主演で何かやらせてもらえたらいいのにな。
 本人は、いろいろな役をやらせてもらえることを素直に喜んでいるようだが。
「でも、四月から良太ちゃんいなくなるんでしょ? オフィスに行っても良太ちゃんの顔が見られないってさみしい」
 奈々が急にそんなことを言う。
「永遠に消えるんじゃないから、三か月の研修だし」
 苦笑しながら良太は訂正した。
「三か月でも長いよね」
 奈々はつまらなそうな顔をする。
「いや、奈々じゃないけど、良太くんが三か月もいないって、会社、まわっていけるんですか?」
 谷川にも真顔で聞かれて、工藤はフンと苦笑いする。
「まあ、何とかするさ。秋山や谷川さんにもいろいろと動いてもらうことがあるかも知れないが、そこのところはよろしく頼む」
「それはもちろん、俺が動けることはいくらでも言ってくだされば動きますけどね」
 谷川はそう言ってお茶をすすった。
 良太はふと、会社に入って間もない頃の谷川を思い出して、変われば変わるもんだと妙に感慨深く見つめた。

 


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