今は足を洗ったものの当時はまだ組員だった男と妹が結婚することになったために、神奈川県警の敏腕警部補としてならしていた谷川は、警察を辞めざるを得ず、人づてに腕に自信があるマネージャーを青山プロダクションが探していると聞き、報酬の大きさもあって応募してきたのだが、雇い主でありながら最初は中山組組長の甥である工藤をヤクザとしか見られずにかなり反発していた。
ただし、奈々に対しては鉄壁のマネージャーとして両親からの信頼も厚かった。
時が経つにつれて、谷川の工藤への認識も変わってきたが、それには良太の存在が大きかったと、谷川は鈴木さんにも漏らしている。
「そう、この会社、もちろん工藤さんという大きな存在があるんだけど、司令塔は良太ちゃんなのよね」
鈴木さんがしみじみというのに、谷川も深く頷いたものだ。
業界では鬼の工藤と異名を取るこの社長にどれだけ怒鳴り散らされても数分後には鈴木さんと笑っているし、時にはくってかかったりもする良太だが、何に対しても一生懸命で、工藤のことを本当に心配しているのを、谷川は身をもって知っている。
良太は工藤と社員とをつなぐ緩衝材のような存在で、良太が連絡すればすぐにOKをくれた恵木のことでもわかるように、社員や俳優陣、それに業者らを自然にうまく循環させているのだ。
本人は意図せずして動いているのだが、周囲からしっかりと信頼を得ている。
それゆえにニューヨーク研修は本人にとっても会社にとっても有益には違いないが、良太がいないことが谷川や奈々にいくばくかの不安をもたらしているらしい。
工藤もそれを感じ取ってはいるのだが、差し当たって何かしらの対策があるわけでもなかった。
「でも谷川さん、もうかなり業界の事情通っていうか、刑事魂っていうか、あちこちでいろんな人と懇意になったりしてるんで、もちろん奈々ちゃんも頑張ってるから、そろそろランクアップって感じになるかもですよね」
その日は谷川や奈々だけでなく、工藤もアポがリスケジュールになったりで珍しく空いたので、パワスポのミーティングを終えた良太と夕顔で待ち合わせて、水揚げされたばかりの秋刀魚の塩焼きで熱燗を飲んでいた。
「うま! 秋刀魚ってやっぱ日本人の味ですよね!」
海鮮丼ランチに続いて旨いものばかりに舌鼓を打てる幸せを、良太は噛みしめた。
「ふん、谷川がか?」
工藤は少し意外そうに言った。
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