ともあれ商社のエリートの秋山ならいざ知らず、警察組織という全く異種な仕事を生業にしていた谷川がこの業界の仕事に興味を持つようになるとは面白い話だ。
奈々のためにと考え始めたことなのだろうが、根本的に真面目な男なのだろう。
「何にせよ、悪いことじゃない。ただでさえ少ない人数でまわしてるんだ。誰であれ面白い企画ならやってみるのもいいさ」
「そうですね」
良太は大きく頷いた。
俺も負けてらんない。
「お前は人のことを気にかけるより自分の仕事をしろ」
工藤は良太の声が聞こえたかのように言うと、ぐい飲みの酒を飲みほした。
店を出て肩を並べて歩きながら、結局また仕事の話になった。
ドキュメンタリー「和をつなぐ」は細々ながら続いているが、ちょうど良太が研修でニューヨークに滞在する間にも、ニューヨーク在住の人形師勝野彩佳や五月にボストン公演を予定している琵琶奏者の末永の撮影を組み込むことが正式に決まった。
勝野には良太があらかじめ取材を進めていくことになり、勝野のデータを収集しているところだ。
末永は三月からヨーロッパやアジアを経てアメリカの主要都市で公演が決まっているが、日本にいるうちに取材を申し込んでいる。
末永のボストン公演に合わせて、下柳とクルーが渡米し、勝野ともども撮影を行う予定だ。
「ニューヨークに、俺の同期でヤギとも気の合う倉石ってのがいるから、今しがたそいつにも合流するように頼んだところだ。地の利があるやつがいた方がいいだろう」
部屋に戻り、良太が猫の世話をして風呂から上がった頃、工藤が部屋に呼んだ。
「それは助かります」
それこそニューヨークの住人である森村がいてくれるのなら、それに越したことはないが、仕事もあるし撮影の時にそう簡単に呼びつけられるものではない。
タオルで髪をごしごし拭くと、工藤はバスローブを羽織り、ラム酒をグラスに注ぎ分けて一つを良太に差し出した。
俺が戻ってきた時、また工藤がこんな風に酒を勧めてくれるとかって、あるんだろうか。
またぞろ、些細なことが良太の頭の隅を占領する。
たかだか三か月の研修なのだが、良太だけではない、沢村にしろ佐々木にしろ、直子までが東京を離れることになり、周りが変わって行く。
時が経てば変わって行くのは当たり前なのだが。
父母にまだ先だがとニューヨーク研修のことを話すと、案の定、母がいろいろ送るという。
そして話のついでに、妹の亜弓の結婚が決まりそうだと母が言った。
「え、本宮さんと?」
本宮は学校は違うが、同じく教師をしており、二人が東京に出てきた時、良太も紹介された。
「そう。あ、でもすぐにとかじゃないみたいよ。一年後とか言ってたかしら」
母は暢気そうに言った。
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