「いやあ、なかなか小林先生とお話するチャンスもないんで、今日はぜひ、ご意見を伺いたいと思いまして」
まず生ビールで乾杯すると、久保田はじっと千雪を見つめて言った。
「天野さんにも申し上げましたけど、俺の手を離れたら、もう別もんや思うとりますから、先生の思うがままにやらはったらええ思いますけど」
千雪は淡々と答えた。
「はあ、けど、やっぱ、先生としては、これは違う、みたいなとことかあるんじゃないですか?」
「正直、もしあったとしても、それは久保田先生の世界になってるわけやし」
久保田も、先ほどの天野のように、どこか消化不良のような顔でとりあえず頷いた。
「それに脚本拝見しましたけど、かなり原作に忠実に作ったはりますし、俺としては探偵小説から離れた硬派なドラマになってるので有難いですよ」
千雪としては久保田に気遣いをしたつもりはないが、その言葉で久保田の表情がぱあっと明るくなった。
「いやもう、先生にそう言っていただければ、もう!」
「まあ、ずっと緊張感ばっかだと疲れますから、時々、息抜きのようなセリフもありますよね」
天野が会話に割って入った。
「ほんとはそういうつもりで入れてるんですけど、天野さんとかアドリブ効かせて下さるから、もっといい感じになってますよ」
「俺より、西野さんですよ。西野さんがこう吹っ掛けてくるから、俺も何とか応えなけりゃって」
「あれ、長嶋さんと王さんの話、面白かった!」
良太も二人の掛け合いシーンを思い出して参戦する。
「あれはもう西野さんの独壇場で、俺、ついていくのに必死ですよ」
天野が首を横に振る。
「いやいや、西野さんと天野さんのシーン、本から飛び出して、なんか舞台見てるみたいで、ほんと面白かったですよ、脚本いらねえよ、ってね」
久保田が自嘲気味に笑った。
なるほど、天野にとってベテランの舞台俳優でもある西野は相手に不足はないといったところか。
良太はここでもまた彼らに感銘を受けないではなかった。
「やっぱ、己の道を究めている人たちって違いますよね~」
良太は一人頷く。
「せやなあ。ほんま、三文探偵小説家の出る幕はないわ」
隣でまた捻くれた物言いをする千雪を振り返ると、「何ふざけたことゆってんですか。このプロジェクトのドラマは千雪さんの原作じゃないですか」と良太は語気を強める。
「やから、三文小説も、こういう選りすぐりの人らによって、別格の作品に生まれ変わるいうこっちゃ」
「ああ、わかった、大学でまた速水さんとかに何か言われたんでしょ?」
速水は犯罪心理学の准教授だが、千雪の相方の綾小路京助の悪友で、千雪を見るとからかわずにいられない性分の男だ。
「その名前は金輪際俺の前で口にすな!」
そう言うと、千雪は残っていたジョッキのビールを一気に空けた。
「当たり? 何、言われたんです? ほんと、二人、そりが合わないですよね」
良太が面白がって笑ったその時、「おい、千雪、ちょっと来い」と工藤が呼んだ。
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