千雪は持っていたジョッキを置いて立ち上がった。
こんな時、良太は心の奥をざらりと撫でていく重い塊のようなものを持て余してしまうのだ。
千雪への嫉妬よりも工藤の中にある千雪に対する感情は、良太にはどうすることもできない。
どれだけ工藤と一緒に時間を共有したとしても、工藤の中にはサンクチュアリのように良太には足を踏み入れることのできないところがある。
所詮は人の心など読めないのだし、誰にでもちょっとした秘密はあるだろうし、前にひとみが話してくれたように、工藤は誰に対しても好きだとも愛しているとも言わないのかも知れない。
でも本当に愛した人にはちゃんと伝えたんじゃないのか。
少なくともそれは俺じゃないのは確かだ。
俺と工藤って、もともと工藤の勘違いから始まったんだ。
どこまでいっても俺の一方通行。
「良太さん、どうかした?」
肩に乗せられた手にはっとして良太は振り返った。
「何か、工藤さんのこと、睨んでるし」
「え………、いや、また面倒な仕事かなって」
良太はごまかしたが、そんなに工藤をじっと見ていたのか、俺。
「ああ、そうなんですか? でも、工藤さんと小林先生、すごい親密なんですね、工藤さん、千雪、とか呼んで」
「ああ、工藤さんと千雪さん、同じゼミの先輩後輩になるんですよ」
「へえ、そうなんだ。だから工藤さんが、そもそも小説を映画化したってことか」
「詳しいことはわからないけど、俺が入社する前の話だし」
良太は思い出したように目の前のホッケをつつく。
「へえ、俺も初めて聞いた」
揚げたこ焼きをぱくついていた久保田も頷きながら、ビールを飲み干し、「唐揚げ、もう一皿たのもかな、と生にしよ」とメニューを開いて、通りかかったスタッフを呼び止めた。
「俺、ナスのチーズ焼きとネギまとつくね、とハイボール。良太さんは?」
天野が言った。
「うーんと、トマトオムレツと揚げ出し豆腐、と梅サワー」
良太が言うと西野が「あ、ポテサラも」と付け足した。
「えっと、俺は、これって何?」
さっきから須永と二人でニューヨークでの話に夢中になっていた森村がメニューを指さして聞いた。
「ああ、これはね、肉団子の甘酢掛け」
漢字が今一つ読めない森村に、須永が説明した。
「じゃ、それとじゃがバターと生ビールにしよ」
「俺は、シーザーサラダとタコキムチ、とハイボール」
オーダーを繰り返してスタッフが戻っていくと、「向こうでは主に何飲んでたの?」とまた森村に向き直る。
「うーん、大抵、ビールかな。ビンのやつ」
「へえ、ニューヨークって冬、寒いんだ?」
久保田も二人の会話に参戦する。
「あれ、良太さん、何かついてる」
その時、隣に座る天野が良太の髪についていた糸くずを取った。
と、天野はついでに良太の髪を優しくポンポンと手で触った。
「大丈夫ですか? 頭、殴られたとこ」
「もう、平気ですって」
良太は笑った。
「ってか、許せないな、便乗して殴ったやつ」
またあの時のことを思い出したらしく、天野が顔を顰める。
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