月澄む空に90

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「紺野さん、いい加減な話作らないでくださいよ」
 工藤は怪訝な顔で言い返した。
「事実じゃないか。現に坂口さんなんか当時かなり注目してたらしいし」
「坂口さんの噂話を盛ってどうするんです」
 呆れて工藤は缶コーヒーを飲み干した。
「え、なんで彼、俳優にならなかったんですか? だって、ただでさえ工藤さんの後輩ならT大出でしょ? それだけでも売りになったのに」
 君塚は突っ込みをやめる気はないらしい。
「あの時は実際苦肉の策だったんだ。決まってた俳優がギリでまさしくドタキャンしやがって、その時その場にいた河崎と藤堂が探してる時間もないし、良太がちょうどいいとかって」
「え、プラグインの? 待って、それってあれじゃないの? カフェラッテのCMに出た子がドラマにも出て、あれは誰だ! って一時うちでも噂になってた、謎の『和泉秀也』のこと!!?」
 いきなり思いついたらしく君塚が声を大にして叫んだ。
「すごいね、名前まで覚えてたんだ、君塚」
 紺野が笑う。
「だって、私もドラマ見てたのよ? 新人でへったクソって思ったけど、なんかこう雰囲気あって、中川アスカとのやり取りが最後だったんだけど、それがいきなりセリフうまくなってたのよ! って、ほんとに広瀬さん? なんで? もったいない!」
 燥ぐ君塚を前に、まさかこんなところでまで、また引っ張り出したくない過去を持ち出されるとはと、工藤は苛ついた。
「確かあのあと、いきなり姿を隠しちゃったから、マスコミとかも騒いで、坂口さんだけじゃなくて、ほら、楠先生、和泉秀也くんにメタぼれしちゃって、一時血眼になって探してたんですよ? 青山プロに電話しても、ニューヨークに行っちゃいましたとかって言われたって」
 君塚は当時のことを見てきたように話す。
 あの頃、良太自身が、あの俳優はニューヨークに行ってしまいましたとか、電話で応対しているのを工藤も耳にしたことがある。
 たまたまそれを聞いていたのが確かカメラマンの井上で、大いに受けていたなどということまで工藤は思い出して、また苦虫を噛んだように顔を顰めた。
「まあ、今や良太ちゃんは工藤の秘蔵っ子だからな。今やってるドキュメントもなかなかいいし」
「良太ちゃん? 秘蔵っ子なんだ?」
 すかさず君塚が紺野に聞き返す。
「紺野さん、その辺にしといてくださいよ。さて、この分だと雨の中、撮影ってことになるな」
 工藤の言葉に君塚も暗い空を見上げた。

 


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