月澄む空に91

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 カットがかかると、腕組みをしたひとみがモニターを覗き込んでいた。
「どうしたんですか? 珍しく考え込んじゃって。感性とキャリアで突っ走る方が」
 良太はひとみの隣に立ってモニターを覗いた。
「またそうやってオブラートに包みもせずにストレートに言ってくれちゃうし。私だってたまには考えるわよ」
「だってひとみさん相手にオブラートも何も。さっきの長いセリフのとこですか?」
 検事六条渉が被疑者を前に、事件の概要と被疑者の行動についてとうとうと持論を展開する場面である。
 小説のあらましでは、ここで被疑者となっている被害者の妻は実は真犯人を庇っているという設定だ。
 半世紀という長い年月を両親を死に追いやった男に報復するために生きてきたという被疑者は彼女を愛する男が真犯人と知ると、男を衛ることを決意する。
 六条はその事実を推測し、彼女の固い決意を崩す糸口を探るという要のシーンだ。
「徹底してクールにいったらどうですか? ひとみさん、持ち前の気風の良さが見え隠れしてるのが気になるのでは?」
 するとひとみは良太をじっと見上げ、ガシッと良太の肩に両手を置いた。
「あんたはえらいっ!」
 昔どこかで聞いたようなセリフを口にすると、「それよっ! 気になってたのは! さすが私の良太ちゃん!」とひとみは笑顔で頷いた。
 良太は、ハハハと苦笑を浮かべるしかない。
 どうやらそれですっきりしたらしいひとみは、次の撮影ではきっちりクールに決めてルンルン気分でメイクを直してもらっていた。
「ひとみさん、俄然よくなってましたね」
 天野が良太に声をかけた。
「ほんと、さすが良太さん」
「何ですか、天野さんまで。そんなに持ち上げても何も出ませんよ」
「今度は俺に明快なアドバイス、下さいよ」
「そんなこと言われても」
 良太は返答に困る。
「あ、そうだ、良太ちゃん、トシちゃんがそろそろまた鍋しようって。いつがいいか聞いといてくれって」
 メイクを直されながらひとみが言った。
「ああ、もうそんな季節ですよね~」
「最近良太ちゃんに会えないって、トシちゃん嘆いてたわよ」
「ハハハ」
 これもまた空笑いだ。
 先週テレビ局で宇都宮とすれ違った時には挨拶するくらいでお互いに急いでいた。
「鍋? トシちゃんって?」
 天野がすかさず聞いた。
「ああ、宇都宮さんですよ。鍋仲間っていうか」
「大物俳優とお仲間なんですね、良太さん。そういえば交流会にもいらしてましたよね?」
 天野は感嘆の眼差しを良太に向ける。
「いやほら、去年ドラマでご一緒させていただいたので」
「俺も混ぜてくださいよ、鍋パ。どういうメンバーなんですか?」
「え、そうですね、いいと思いますけど、宇都宮さんとひとみさんと須永さん、それにスケジュールが合えば竹野さん、くらいかな?」
「え、竹野紗英?」
 天野は怪訝な顔をする。


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