Act 3
ほろ酔い加減も、初夏の夜風に飛ばされたようだ。
街路樹も青々とした葉をつけて、ゆっくりとざわめいている。
乃木坂の駅を上がって数分、青山プロダクションのエントランスに立って見上げると、夜の九時にもかかわらずオフィスにはまだ煌々と灯りがついていた。
千雪は一旦自分の部屋に戻り、タンクトップとジーンズに着替え、ダンガリーシャツを羽織って出直してきた。
「こんばんは」
オフィスのドアを開けると、工藤は奥のテーブルに腰を掛け、相も変わらず電話で怒鳴り散らしていて、いつもにこやかで優しそうな鈴木さんが出迎えてくれた。
「あら、小林先生、いらっしゃいませ」
「あの、先生はちょっと、ただの小林でええです」
千雪が訂正を促すと、鈴木さんは、ほほほと笑い、「紅茶にしましょうね、美味しいクッキーをいただいたので」とキッチンに向かう。
「お構いなく」
何だかこのだだっ広い空間に、千雪はほっとする。
ある意味自分で演じている別の自分がいる環境に息が詰まったような気がして、だから本当の自分でいられるこの場所を見つけたことが楽なのかもしれない。
いや、それだけではないことはわかっている。
面倒な感情の渦に巻き込まれるのが嫌で、工藤から呼び出しを受け、ここぞとばかりに逃げ出してきたのだ。
あの速水という京助のお友達にしろ、元カノだがどうやら未だに京助を好きらしい文子という美女にしろ、はっきり言って関わりあうのは真っ平ごめん、だ。
千雪はソファに座って、テーブルの上にあった雑誌を何気なくぱらぱらとめくる。
最新の女性誌の表紙を飾る女優は、名前は覚えていないがCMか何かで見た記憶があった。
千雪の前に芳しい香りの紅茶とクッキーが並んだ小皿が置かれた。
「ありがとうございます。今夜も残業ですか? 大変ですね」
「いいえ、私はオフィスにいるだけですから。工藤さん、今、お忙しい時ですしね」
鈴木さんがトレーを持ってキッチンに引っ込んだその時、勢いよくオフィスのドアが開いた。
入ってきたのは背の高い栗色の髪がゴージャスな女性である。
この人やろか、ヒロイン候補て。
漠然と見上げた千雪だが、その人は無遠慮にジロジロと千雪を見下ろした。
「平、何の用だ?」
どうやら工藤もこの女性の出現には驚いたようで、電話を切って立ち上がる。
てことは、またしても修羅場?
千雪は心の中でそんなことを呟いた。
「工藤さん、村田ゆかり、もう一度考えてみてくれない?!」
「もう話はついているはずだ。あの役はあいつには荷が重すぎる。村田に才能がないとは言わない。だが、今ここでは早すぎる」
工藤はかなり苦々しい表情で言い放つ。
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