ようやく手に入れたその眠りを妨げられたのは、カーテンが開けられ、一気に日差しが部屋の中に降り注いだからだ。
麻布にある緑に囲まれた七階建てのマンションの六、七階に京助は住んでいる。
入り口は六階、広いリビングと書斎、キッチン、バスルームがあり、メゾネット式で階段を上がるとバスルーム付きの寝室が大小二つとテラスがある。
マンション全体は東洋グループパリ支社長である京助の兄紫紀名義で、五階までは海外から赴任している東洋グループ社員に貸しているという。
エントランスにはコンシェルジュというよりガードマン的な大柄のアメリカ青年がいて出入りする人々に応対している。
広いベッドで惰眠をむさぼっていた千雪は、もう日が高く上がっているのだとわかっていながらまだ目を開けたくなかった。
最初は、カーテンを開けたのは当然京助だと思っていた。
だが、傍らに立つ人の気配が、千雪の頭の中で違和感を覚えさせた。
布団をはねのけてうつ伏せに眠るむき出しの背中に、奇妙な視線を感じた。
薄く目を開けた千雪は、自分を覗き込む男の目にぶつかった途端、がばっと跳ね起きた。
「誰やね?! お前!!」
男の目はすると一層見開かれ、まじまじと千雪を見つめる。
「誰だとはこっちが聞きたいが………」
京助ほどがっしりした体躯ではないが、スマートに品のいいスーツを纏ったその男は、ニヤリと笑った。
「いや、誰だなんてヤボなことは聞かないが、また恐ろしく京助のやつに可愛がられてるらしいな」
一瞬、男の言う意味を計りかねたものの、すぐにそうと思い当たった千雪は、身体中が沸騰しそうな思いで、「京助!! どこやね!!」と声を上げた。
「俺が来た時、京助のやつもういなかったぜ?」
そういえば、朝イチで教授に呼ばれていると京助は言っていた気がする。
だったら一体こいつはどうやって入ってきたんだと訝し気に千雪は男を睨みつける。
兄弟にしては全く似ていない。
「ああ、俺か? 俺は速水克也。京助のガキの頃からの友人だ。怪しいもんじゃない。夕べ東京に着いて、大学行く前に京助がいるかと思ってね。渡米前に部屋を引き払って遊んでた時、ちょっと居候してて、カードキー、持ってるんだ」
端的な説明に、男が何故部屋にいるかは理解できたものの、あまりいい状況とはいえないのは明らかだ。
「しかし、噂の『真夜中の恋人』がこんなきれいな坊やだったとはな。いやあ半端ない美人だし、さすがの京助もたらし込まれても納得ってもんだ。で、君、ハーフ? モデルとか? 俳優のタマゴ? まさかその手の仕事?」
イケメンの部類だが、その台詞にひどくいやらしさを感じて、沸騰した千雪の頭も次第にクールダウンする。
「出てけや。着替えるし」
アメリカ暮らしの証だとばかり、速水は肩をすくめて、またニヤリと笑う。
「こいつは失礼」
速水が出て行くと、千雪は傍らの椅子に引っ掛けてあった服を慌てて着込み、部屋を出た。
吹き抜けになっているリビングを見下ろすと所在無げに速水が立っていたが、千雪は階段を降りると、「え、帰るの? 名前くらい教えてよ」と言う速水を無視した。
地下鉄の入り口まで早足で歩いてから思い出したように、「当分会わない。連絡もするな」と京助にラインしてすぐ、電源を切った。
「京助のアホンダラ!!」
思い切り怒鳴りつけた千雪を道行く人々が驚いて振り返った。
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