いかにもオフィスに用があるような顔で、京助はガードマンに会釈をしてオフィス下の螺旋階段あたりへ歩く。
朝から降っていた雨は上がったが、木立を抜ける風は少し冷たかった。
京助はエントランス横の壁に凭れて、やがて現れるだろう千雪を待った。
二十分ほど経ったろうか、バイクの音が近づいてきた。
黒のHONDAの一一〇〇cc。
小回りが利くし、駐車スペースも取らないという理由で、千雪は大学一年の時に買って乗り回している。
皮のジャケットとジーンズに短めのライディングシューズを履いた千雪は、エントランス前にバイクを停めると、ヘルメットを下げて螺旋階段を上がった。
腕組みをして京助は一応千雪が出てくるのを待つことにした。
一時間だけ待ってやる。
一時間過ぎたら、乗り込んでやるからな。
チクショウ、立派なストーカーだ。
こんな器量の狭い男に寄って来たがる女どもの気が知れねぇぜ。
京助は自虐的な笑いを浮かべる。
そのうち、車が二台続けて駐車場に入り、四人ほどがエレベータに乗った。
今夜は主演俳優を紹介するから来いと千雪は呼ばれたのだ。
本当は工藤に任せてしまってもいいのだが、鬱々として部屋に閉じこもっているよりはいいだろうと、ちょうど雨も上がったので千雪はバイクでやってきたのである。
「うちの所属俳優の志村嘉人。二人の主演のうちの若い方の弁護士役だ」
志村嘉人はつい半月ほど前にこのオフィスに入ったという若手俳優だ。
日本人離れしたイケメンだが、落ち着いていて穏やかだ。
小劇団に所属し、テレビドラマにもちょこちょこ出ていたらしい。
劇団の主宰と仲がいいという工藤のMBC時代の同僚、下柳から一度みてみろと言われ、舞台を見た工藤がオフィスにこないかと誘ったのだと、万里子が説明してくれた。
「ホストもやってたんですって。もてたわよねぇ、きっと」
「余計なことは言わなくていい。隣がマネージャーの小杉だ」
小杉はもともと志村の所属していた劇団員だったのだが、そのうちマネジメントの方が向いていると、主に志村のマネジメントをやっていたという。
マネージャーとして志村と一緒に来ないかと誘ったところ、二つ返事で来ることになった。
なかなか社員が入ってくれない青山プロダクションとしては有り難かった。
案の定、素の小林千雪には小杉などのけぞって驚いてくれたが、志村も小杉も真面目そうな雰囲気で、華やかなスキャンダルにまみれた業界にもこんな人たちもいるのだと、千雪はあらためて思う。
正式なキャスティングリストやスポンサーリストを渡されたが、キャスティングに並んでいるのは往年の名優から千雪でも知っているような知名度の高い俳優陣だ。
スポンサーも財界のトップクラスの企業名が並んでいる。
「鴻池産業やフジタ自動車とか並んでますけど、工藤さんて案外すごい人やったんですね」
「ツテだ。金だけは出してくれるからな」
「ホンマに大丈夫なんですか? 俺の小説なんかで、コケても知りませんよ?」
「俺がそんなヘマをするか」
すごい自信だが、千雪の胸の内には一抹の不安がよぎる。
だが、この際千雪の不安などこの男にはどこ吹く風といったところのようだ。
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